2階へ向かって叫んだ俺に、ユウからの返事は無かった。
『ユウ!!聞こえないのか?!早く下りて来なさい!!』
2人の息子達に、こうして声を荒げる事が、未だかつて1度も無かった俺が、
なぜ今、このタイミングなのか。
思春期の難しい時期真っ只中のユウと、その時期を通り過ぎたばかりのリョウが、
あまりにも素直でいい子達だったからと言う事なのか。
『うるせーな!!
何か用かよ!!クソオヤジ!!』
部屋のドアを開ける音とほぼ同時に、ユウが階下の俺に向かって叫んだ。
側で目を真っ赤にした妻が、俺の方を心配そうに見つめていた。
『ユウ!!分かった。俺がそっちへ行く。』
クソオヤジと呼ばれた事に対してではなく、
俺の中の何か別の所に、怒りの源がある様な気がしていた。
ユウの部屋のドアを開けた俺は、感情的になりがちなパターンを、出来るだけ回避する様心掛けた。
『ユウ。母さんから聞いたが、財布の中から金を持ち出そうとしたんだってな?!』
ストレートに放った言葉だけに、口調は穏やかに持ち掛けた。
『‥‥‥だったら何?!』
『必要な物があれば言いなさい。
黙って親の財布の中から金を抜き取るなんてのは、泥棒と同じだぞ。』
『うるせーよ!!
大体、会社を辞めたてめぇが、偉そうな事言ってんじゃねーよ!!
毎日公園でブラブラしてるの、色んなヤツに見られてんだよ!!
恥ずかしいと思わねーのかよ!!
馬鹿じゃねーの?!』
ユウは、俺の話を黙って聞いていたが、突然逆ギレし、
捨てゼリフを残して、家を飛び出してしまった。
息子に馬鹿にされたにもかかわらず、
なぜか、この時の俺には、それ以上の怒りは湧いて来なかった。
『ユウ‥‥うっ‥‥うぅ‥‥‥。』
静寂の中を、しばし妻の嗚咽が、辺りに響き渡った。