生きる為には一人では生きられやしない。初老の詩人田村がこの世に生きられる時間はもう数少ない。先日、担当の医師から癌細胞が胃から肺に転移してる為に彼の残された時間はあと長くて3ヶ月。
突然、迫りくる死への恐怖。人は死んだらどうなるんだろう。あの世とやらは存在するのだろうか。もしダンテの神曲のような世界が待ち受けてたらどうするのか。
いや、そんなはずは無い。きっとあの世は桃源郷で幸せが満ち溢れているに違いない。
彼はこの残された時間で何ができるのかを考えた。やはりできるのは追憶ですらしかない。楽しかった過去を懐かしんだり、辛かった過去も今になっては痛みが和らいでいる。
なんだか元気な時より今の自分は心の中が素直で潔白だ。彼は30の時から新聞社に勤めながら、そのかたわら詩人として誌を書いてきた。そうだ、最後に残された妻へ誌を贈ろうと。彼は体にある全ての力で誌を書きはじめた。
時は刹那のように過ぎ去る
人の人生なんてほんの一瞬だ
君と出会えた事は奇跡に等しい
これだけ数ある男女がいるのに僕と君が結ばれる
君との生活は幸せだった。時には苦しい事もあったけど。
君がいたから苦しい壁も乗り越えられた、そして楽しい時間も
できる事なら君や子供達や孫達ともっと暮らしたい。
しかし世の中には永遠なんて存在しないんだ。
形あるものはいつか滅びるんだ。世界は栄枯盛衰さ。
そろそろ僕は旅立つ時が来たようだ。僕は豪華客船に乗って三途の川を渡るよ。
最後に一言、
「ありがとう。」