帰りの電車は、午後10時過ぎにも関わらず混み合っていた。
俺はいつもの様に車内の入口付近に立ち、揺られながら吊り革に掴まっていた。
混み合い方は朝のラッシュ時ほどでは無いにせよ、朝に比べ雑多な感じがし、入口から吹き込む夏の熱い空気が更にその感覚を助長させた。
会社帰りのサラリーマンや大声で喋っている若者達、そして俺のすぐ近くには、スカートを履いた学生っぽい女の子が一人で黙って立っていた。
彼女は立ったまま不自然にうつ向いていた。しかも、身体が小刻みに震えている。
俺はイヤな予感がし、彼女の背後の様子をうかがった。
すると人混みの隙間から、彼女のスカートめがけて誰かの手が伸びてるのが見える。
――痴漢だ。
彼女は痴漢に遭遇し、声を出せないでいるのだ。
その瞬間、俺は無意識にその伸びた腕をしっかりと掴み、大きな声で叫んだ。
「痴漢がいるぞ!!」
俺のその一言を合図に、車内の雰囲気は一変した。
俺は構わず、掴んだ腕をたぐり寄せ、フラフラとうなだれて立っている犯人の襟首を力いっぱい引き上げた。
――そして我が目を疑った。
掴んだ腕の先には、まるで廃人の様に立っているアニキの姿があった。
(続く)