「…貴方のお父様がお亡くなりになりました。」
電話越しで僕は『あの人』の死を知らされた。
僕は「そうですか…」と一言だけ答えた。
そういや『あの人』に最後に会ったのはいつだったろうか?
もう10年以上会ってない気がする。
彼は酒とタバコが超のつくほどの常習者だった。早死にするのは目にみえていたが、まだ55歳だというのに早い死だ。
僕は父親が死んだというのにとても冷静だった。
というよりは、まるで他人事の様になんの感情もわかなかった。
―――父との良い思い出など何一つない
僕が小学一年生だったとき母が交通事故で亡くなり、それから父と2人暮らしになった。
父は毎日酒に溺れるようになり、遂に僕が高校一年のとき、酒を飲むのを止めさせようと酒を奪い取ると父は顔を猛獣のように豹変させ、自分の獲物を横取りした僕をボコボコに蹴散らし獲物を奪い返した。
その直後、彼は我に返りボコボコになった僕を見て顔を蒼白にして謝罪した。
しかし僕は決して許さなかった。
それとき以来僕は父のことを『あの人』と言うようになり、言葉を交すこともなくなった。
そして高校を卒業し就職が決まり、『あの人』の家を離れ、アパートに一人暮らしをすることにした。
それから数年経ったときに父方の祖母から『あの人』が入院したと電話がかかってきたが、僕は仕事が忙しいからと言って見舞いに行かなかった。
『あの人』会いたくないのはもちろんだが、どんな顔をして会いにいけば良いのかわからなかったし、『あの人』も僕が見舞いに来ても喜ばないと思ったからだ。
結局『あの人』の家を出てから『あの人』に会うことはことはなかった。