「少し泣いてた?」
訊くべきかどうかためらったけれども、涙の理由が分かって僕がどうにかできればと思いきって訊いてみる。
「うん。」
梨花は、意外にも笑顔をくずさないで答えてくれた。
「眠れなくてね、コーヒーを沸かしながら外をみてたの。」
熱いコーヒーの中で、砂糖がとろとろとゆっくり溶けていくみたいに梨花はゆっくりと話し始める。
「外がね、しーんと静かで、でも街灯ははっきり白く光ってて暗い道をてらしているでしょ。」
そう言いながら、梨花はソファから立ち上がって窓を全部あけて、カーテンも全部開けた。
「淳、キッチンとリビングの電気消してみて。」
僕は、梨花の言うとおりに電気を消す。
部屋の中は真夜中の闇と、街灯の白い光が溶け合って焔青くなる。
「こんな風な真夜中にね、昔も眠れなくて、ひとりぼっちな気がして、誰にも必要だと思われていないような気がして、誰かに側に居て欲しいって思ってばっかりだったの。その時だけでも、私が必要だって証が欲しかったの。」
そう言って僕の方に振り向いて、僕の目を真っ直ぐに見た。
焔青い部屋で梨花はずっと梨花を本当に必要だと言ってくれる誰かを探して、待ち続けていたのだろうか。
うっすら入ってくる街灯の白い光に梨花の顔が照らされる。
涙が一筋、流れていた。
「今日は、扉が開いて、忘れた訳じゃないよねって孤独が話しかけてきて、扉の向こうに行ってきたの。」
僕が隣にいても、孤独はそれをずっと続くのかと嘲笑いながら、梨花につきまとい続けている。
熱いコーヒーに入れて、砂糖みたいに溶かしてしまえればいいのに。
多すぎて溶け残ってしまったとしても、それで甘すぎて飲めなくたって少しずつ飲んでなくしていってやる。
一筋だった梨花の涙は、いつのまにかいくつもの筋を作って頬を伝って、形よくとがった顎から雫になってしたたり落ちている。
「扉の向こうのことは、無理に話してくれなくていいよ。梨花には笑っていて欲しいから。」
梨花は、悲しそうに申し訳なさそうな目で僕を見て、頷いた。