私は今、ある大きな決心を持って手を挙げた。それは大統領が何か重大なボタンを押すか押さないかぐらい、私にとっては世界がかかった瞬間だった。
私の視線の先に立つ先生は、いつものような眠たそうな眼で私を見下ろす。
「はーい、瀬戸。」
私の名前を呼ぶ。私は何度この人に名前を呼ばれても、そのたびに息が詰まってしまう。何を言おうとしたのか飛んでしまうのだ。私の飲み込んだ言葉は空に飛び、そして地球を一周して戻ってくる。それはしばしば、元の言葉と違う形になっていることもある。
「先生……、私、英語劇やりたいです…!」
教室の温度が5度ぐらい下がった気がした。
しまった!私は気付いた。また言葉が形を変えてしまったようだ。私は個人的な感情で英語劇をやりたいみたいなニュアンスになってしまった。全体の意見として、言いたかったのに…。しかし私の後悔はすぐに蹴っ飛ばされた。
「はぁ?瀬戸ちゃん、冗談だよね。うちら受験生だよ〜」
隣の席の気が強く、クラスの女子を仕切っている川上さんが、さも困った声で言った。
しまった!私はまた違った後悔した。まず川上さんを味方につけるべきだったのだ。彼女は自分が知らないところで、自分の意見なしに話しが進むのが許せないタイプなのだ。だが、一方で相談されると弱いタイプでもある。所謂、姐御肌ってやつなのだ。だから、彼女に相談さえしておけば……。
いや、そんな単純な問題ではない。そしたらなんで英語劇なのか、説明しなくちゃいけなくなる。
彼女にそれを言うのは…。いやいや、もしかしたらもう彼女は感づいていて、だからこそヨコヤリを入れてきたのだろうか。
「なんで英語劇なの。」
来た!皆の前で言わせる気なんだ…!川上さん、性格悪いよ………あれ?川上さんじゃない。私の視線の先にいるあの人から発せられた言葉だ、ということに気付くまでしばしの時差を生じた。
「川上も、理由も聞かずに反論しなくてもいいだろ。別に三年は出し物なしって決まりはないし。」
先生が私の意見を肯定してくれた!それだけで胸が熱くなった。病気なのかもしれない。
「でも、普通のクラスは喫茶店とか…休憩所とか、良くて展示ぐらいじゃないですか。」
川上さんは負けじと先生に食いつく。私はまた喉から声を絞りだした。
「あの…!」