効きすぎているエアコンの冷たい空気と何となく黴臭い匂い。
夏期講習が始まって、授業は夕方から夜にかけてではなく、一日中になった。
中学三年生の一つのクラス数学だけを担当していた僕も学生のアルバイトとは言え、毎日スーツを着て出勤していた。
次の日の授業のために職員室の自分の机で、準備をする。
成績が優秀な生徒を集めたクラスなので、かなり入念に解説やその板書をどうするのかを練らなければならなかった。
作戦を練りに練っても、手厳しい質問が矢のように飛んでくることもあった。
僕が学生と言うことを知っていて、解説に文句をつけてからかう男子生徒の三人組がいた。
僕のことは先生なんて思っていなくて、同じ中高一貫の男子校出身なので陰では先輩と呼んでいた。
また授業のあと、先輩お疲れさまでしたと生意気な顔をした三人に笑われないためにも僕はノートに書いたり消したりを夢中でしていたら、だれかが僕の肩を叩いた。
僕は思わずびくっとしてしまった。
「永井先生、何回呼んでも気づかないので。すみません。」
事務員さんが夢中で作戦を練っている僕の机の上に山積みの資料と、消しゴムのかすだらけのノートを見て苦笑していた。
「もう五分前ですよ。」
僕はあの夏期講習中に一度だけ、作戦を練るのに夢中になり授業に遅れてしまったことが有るので、五分前になったら教えてもらえるようにこっそりお願いしていた。
母と同じ年頃のこの事務員さんは、そんな僕のお願いを息子に頼まれたみたいに「しょうがないわねぇ。」と笑いながらも快く引き受けてくれた。
「ありがとうございます。」
「ほんとにいつも熱心で感心しちゃうわ。うちの息子にも話してるのよ。聞き流されちゃうけど。」
僕は前の日に作った資料と、当日のプリントをそろえながら、とんでもないです、と恐縮した。
「いつもありがとうございます。じゃ、いってきます。」
行ってらっしゃーい、と事務員さんに見送られて教室に出陣した。