ドアをあけると教室は急に静かになった。
教壇に立つと、藍田(あいだ)なので最前列の左端に座っている梨花が、読んでいた坂口安吾をさっとしまう。
「桜の森の満開の下」だった。
夏期講習の授業はあと三回だ。
授業の作戦を必死で練る以外に、必死で慣れない小説を読んだ。
通常の授業に戻れば僕は一コマ目なので梨花に話しかけることは出来なかった。
夏期講習中は最後のコマだから終わったあとにさり気なく話しかける機会があった。
今日こそは、があの夏期講習中ずっと僕につきまとっていた言葉だ。
「今日こそは、あの三人組に文句を言わせず、今日こそは藍田梨花に話しかける。」