視線が重なり合ったまま、この狭い仕切られただけの空間が張り詰めた。
表面張力でなんとか溢れ出さずに済んでいた。
「先生、今日は最後の問題の質問と、実は坂口安吾の不連続殺人事件をお持ちしました。」
張りつめた空間からあふれ出さずにすんだ梨花の言葉に僕は救われた。
梨花はまたもとの饒舌な梨花に戻っていた。
「まだ読んでいないみたいでしたから。」
「そうだね、苦手なことの話より好きなことの話をしよう。また、おすすめを教えてくれるかな。」
今の僕が知っている焼きたてでふわふわなスポンジケーキみたいな梨花の笑顔になる前の笑顔の中では一番いい笑顔で答えてくれた。
「はい。これからも質問と一緒にお持ちします。」
「じゃあ分からないって言ってた昨日の問題片付けて、好きなことの話しよっか。」
「はい。」
僕たちはこの日以来、二学期に入ってから三学期の終わりまで質問室で一問の応用問題と梨花が好きな本の話をするようになった。
梨花は無事に難関の私立女子高に合格した。
授業が最後の日の質問室で僕は梨花に携帯の番号とアドレスを渡した。話したくなったら電話して、と。
お節介な兄のまま、別れた。