駅に着いた。
俺は人波に逆らわず流れ作業の物のように押し流され階段を降りて行く。
降り切った先にある改札を出ると顔を左右に振り、今日逢う約束の女を探す。居た。
葛西佳代子は小柄な体にジーパンと長袖のシンプルなTシャツ姿で立っていた。イヤフォンマイクから音楽を聴きながら、小説を読んでいる。
どちらかと言うと日本人らしい顔立ちの彼女は、少し声をかけにくい雰囲気を醸していた。
俺は少し微笑み彼女に大股で近付く。気付かないのか、彼女は夢中で本に目を落としている。
長身を曲げた俺は下から、本を読む彼女の顔を覗くように近付いた。びっくりした表情が浮かび、すぐに向日葵のような笑顔が浮かぶ。
俺達は軽く会話を交わしながら駅から少し歩き、この街には似合わないようなイギリスのパブを倣ねた店に入った。
本当はイギリスのビターが好きなのだが有る訳もなく、エールをお互い頼み会話を続けた。
どこにでもいるカップル。たわいない会話を紡ぎ、同じ時間と話題を共有し心を近付けていく作業…。
3年前、葛西佳代子は俺の会社に事務として入社してきた。顔の雰囲気とは違い親しみ易い彼女は、会社では人気であった。
俺は、住んでいるのが同じ街のせいか、彼女と話す話題も多く親しくなるのに時間はかからなかった。
たまに街で見かけると、こちらからだけではなく向こうからも声をかけて来た。
彼女は俺が結婚しているのは知っていたが、友達感覚が強いのか、一緒に食事や飲みに行く機会が多くなった。彼女と会話を重ねていくうちに、俺に独占欲が出てくるのも仕方ない。
俺は、色々悩んだ末、自分の家庭の事情や思いを彼女に告白した。勿論、彼女を特別な気持ちで思っている事も。
拍子抜けするように、彼女はあっさりとOKを出した。俺は内心、嬉しさと戸惑いが入り交りながらも、もう一度聞き直してしまった。答えは同じであった。
一度聞いた事がある。何故俺の事が好きなのか?
「あなたは私に似てるわ。」
伏し目がちに呟く彼女は何も話さない。
過去の話を殆どしない彼女の瞳を見ると言い知れぬ暗い輝きがあった。
俺はそれ以上は何も聞かず、軽い話題に切り替えた。
聞かない方が良いかも知れない…。
俺達は人知れず不倫の華を咲かせていった…。