2時間程で店を後にすると、俺達は肩を寄せるように歩く。自分達が住んでいる街という懸念は、軽く酔った俺達には、あまり意味がなかった。
酔いに顔を少し赤らめた葛西佳代子は、思わず魅入ってしまうような妖艶さがあった。向日葵のような笑顔が彼女に幼げな趣を与える。
俺は、今夜は泊まれる事を彼女に告げた。本当は帰った方がいい。妻に薬を与えなければ、妻は薬を飲まない。
だが彼女といると頭の芯が痺れ、どうしようもない性欲を抑え切れない。近くに住んでいるが、やはり頻繁には逢えない。だから逢う度に求めてしまう。
俺は彼女を好きな気持ちよりも、彼女の身体に溺れているのかも知れない。
いや、俺は探しているのだ。俺の心に開いた穴を埋める存在を。
身勝手だ。
暗い気持ちになりながらも彼女と共に、彼女の住むアパートに足を運ぶ。話し続ける彼女の言葉は耳を素通りしていた。
俺は自分の意識が胸の内に集中されていくのを止められなかった。
酷い人生のようだ。不遇な家庭に育った俺は誰も信じない人間だった。だが、今の妻と知り合い、変わった。妻は俺の心に土足で入り踏みにじり、だが決して見捨てる事はなかった。いつの間にか、俺は妻の優しさを知り、惹かれていた。妻の深い優しさは、愛、という奇妙な言葉で現せるかも知れない。
俺はやっと、人の言う幸せを手に入れたと思った。
だがこの世に永遠などという、甘いモノは無い。
妻の病気と共に全ては変わり、幸せは指の間から水のように逃れ、全てが砕けた。
後には粉々に砕けた幸せの破片が俺の心に突き刺さり、塞いだ筈の穴はまた、大きな口をぽっかり開けた。血が止まらない…。
俺は佳代子を得て何かを変えたのだろうか?いや、何も。
では佳代子を求める意味は?
二人の関係を続けるのは?
俺は何を求めている?
様々な疑問や自分自身の欺瞞に思わず、溜め息を吐いた。
何を難しく言うのか?ただヤリたいだけだろ。悲劇の恋人どおしを演じてる自分に酔っているだけだろ。
その日は佳代子を激しく求めた。激しさのあまり彼女が心配を口にする程に。
俺はなんて弱い生き物なのか…。
蒲団から抜け出し、安らかに眠る佳代子を見ながら、俺は深々とタバコを吸った。
現実と胸の内の世界を行ったり来たりしながら、立ち上がる紫煙に目をやり長い間彫刻のように動かなかった。