「やるか、英語劇。」
先生のその一言で私の身体からふっと力が抜けた。今まで無意識のうちに自分の手を握りしめていたらしい。爪が掌に食い込んでいた。生々しく、くっきり跡が残っている。
教室は絶望的な沈黙から一転、手に負えない騒がしさに満ちていた。至る所で、意見が飛び交っている。
時には意見に混じって、全く関係のない話しもあっただろう。
でもその時の私は身体中の力が抜けて、まるで入れ物がない物体とも呼べない、液体?もしくは気体のように実体を伴っていなかった。だから、言い訳ではないのだが、正直に、何も聞こえていなかったのだ。
というより、何も聞きたくなかったのかもしれない。私にとって、益があることが話されるとはとても思えなかったし、とにかく、私はやりきった、という何ともいえない充実感に満たされていたのだ。
まだ何にも始まってなんかないというのに。
「うん……、私も、よく考えてみたら、英語なら……良いかなって思ってきたかも。」
ん??今のは川上さん?
川上さんが私の意見に同意してるのか?
「確かに、瀬戸のいうとおり勉強にもなりそうだし。お祭りみたいでいいじゃん。最後にさ。」
お、ナイスアシストだよ〜!ユミコ!
ユミコは私の親友に近い存在。優しくて、面白い。クラスの盛り上げ役でもある。どっちかというと人見知りで、笑顔の少ない私とは真逆のタイプだ。
だけどなぜか折りが合う。
無い物ねだりなのだ。用は。
「はぁ??何だよ、お前らー。結局、秋谷に良い顔したいだけだろー。」
秋谷というのはあの人の名前だ。男子が嫉妬する程、人気があるのだ。しかも男女問わず。
「おいおい、呼び捨てはないだろ、一応センセイだぞ?」
その自称センセイは、わざと怒った声で言った。
「だってそーだろ。女子は下らねぇーよ。そんな黄色い気持ちで受験捨てられるかよ。」
「はっ、確かに俺が人気があるのは認めよう。」
その自信過剰なセンセイは続けた。
「だが、学祭とそれが受験を捨てるとイコールにはならねぇだろうが。そんな頭堅いからもてねーんだよ。」
センセイは生意気な男子、池田の頭に軽く手を置いて言った。
センセイの手はすっぽり何かを包んでしまいそうな手だった。