流狼−時の彷徨い人−No.12

水無月密  2009-10-08投稿
閲覧数[425] 良い投票[0] 悪い投票[0]

 城壁の上に立ち、これが見納めと眼下の風景を眺める三郎。
 七年の歳月は、少年を精悍な若武者に成長させていた。

「そこにおったのか、三郎」
 景虎に気付いた三郎は、ひらり飛び下りてひざまずいた。
「ご用ならば、私の方から出向きますのに」
「やはり気は変わらぬのか?」
 数え年で十六になった三郎は、元服を機に長尾家を出ることを決めていた。
 それを知った景虎は翻意をうながしていたが、三郎の意思は硬く、旅立つ日を迎えていた。

「景虎様に受けた恩を考えれば一生を長尾家に仕えるのが筋ですが、私がいるかぎり、武田は長尾家を敵視し続けるでしょう」
 三郎が長尾家に身を寄せてから二年後、川中島で勃発した両家の対立は、既に三回を数えていた。
地理的条件と、両雄が並び立たぬ事を考えれば、両家の激突は必然であった。
 だが、幼き日のままに純真な心を残す三郎は、それを自分のせいだと考えていた。

「残念だ、お前にはいずれ私の後を継いで欲しいと思っていたのだがな」
 子のいない景虎は、自分を上回る素質を三郎に感じ、本気で後継ぎにと考えていた。

 後の評価になるが、戦略では晴信、戦術では景虎に分があったという。
 その二人を実父と養父に持つ三郎は、両者の才能を見事に受け継いでいた。
 景虎が自分以上の将器を三郎に感じていたのは、あながち間違いではないのかもしれない。

「ここを出た後はどうするのだ?」
 武田家では三郎を夭逝したものとして処理している。
 景虎は帰る家も戸籍も無いこの青年の行く末を案じていた。
「全国を旅して、世の中を見て回りたいと思っています。
 ……その上で半次郎殿が私に何を望んでいたか、見極めたいと考えています」
 それを聞いた景虎は笑みを浮かべ、もはやこの地に三郎が留まる理由は無いのだと観念した。
「半次郎と同じ流狼として生きるか、あの男もそうやって己の為すべき事を捜し求めておったな」

i-mobile
i-mobile

投票

良い投票 悪い投票

感想投稿



感想


「 水無月密 」さんの小説

もっと見る

ノンジャンルの新着小説

もっと見る

[PR]


▲ページトップ