ある一人のパスターが、施設を訪れた。
彼の名前は塚本優二。神様の愛を伝えることが目的だ。
そこの施設は、”障害者や、知恵おくれやろうあ者、みなしご等をまとめて扶養します。”とパンフレットには書いてあった。
入所寮はべらぼうに高いのだが、その後の生活を一切引き受けてくれるというのだから、実の親たちは、「大っきな粗大ごみだよ」と言いながら、捨てていくかのように子供を置いていった。
塚本が伝道の目的を説明すると、「あ、いいですよ」とあっさり中に入れてもらった。
死んだような眼をしている職員たちで、誰も塚本に見向きもしなかったが、一人だけ、あれこれと聞いてくる人がいた。
彼は、「この子たちのために何かできれば!」と熱い心意気で入社したのだが、
今は「僕自身がまるで病人のようです。」とつぶやいた。
塚本は、ロビーをぐるっと回り、中庭に出てみた。
割と大きな中庭である。
花も植えられているし、木陰になる木々がいくらかある。
「好感を得るための作戦ですよ。」
さっきの職員が、いつのまにかついていて教えてくれたが、それにしてもなかなか綺麗である。
「いいなぁ〜、こんなとこでのんびり弁当でも広げてお昼寝ができたらいいじゃないか。小鳥のさえずりなんかと共にさ…」
と言っていると、実際何か聞こえた気がした。
少し遠くのほうで、歌のような声が聞こえてくる。
「お、ほんとに鳥がうたっているのかー」
うれしくなって、敷地の奥へと歩いて行ってみると、
一人の、少女なのか大人なのかわからないくらいの人が、
おぼろげな手つきで、空中に弧を描きながら、まるで誰かにささやくように歌っているのが見えた。
いや、歌ではないな。
つたない言葉を、つらり はらりと音にのせて発音しているだけのような、メロディのような、ことばのようなー。
「ちょっと、もう少し近くまで行って聞きたいな。」
そう思って近づく塚本の足音に、はっとしたように彼女は気付き、
さっきまで歌っていた時の朗らかな顔とは似つかない、
警戒した顔つきになった。
いや、威嚇しているのかもしれない。
その表情には、恐れと怒りも混じっている。