「なにそれ。いつの話してんの。」
私はまた、感情を押し殺した声で言う。
「いつって……昔から…。」
私は話を遮って立ち上がった。そして台所まで行って暖かくて甘い牛乳を流しに捨てた。
白い液体は渦を巻いて暗い穴へと吸い込まれる。
後藤が後ろで顔を伏せているのが分かる。
「………先生のこと?」
後藤は自信のない声で聞く。
私は黙ったまま、残った白い筋を見つめていた。
「学祭?そんなに嫌だった?」
「私が…」
私は声を絞りだすようにして言った。
「私が言いたかったの!英語劇って。」
後藤はきっと呆れた顔をしてるだろう。でもお構いなしに私は続ける。
「だって、先生と思い出作りたかったし、なのに、瀬戸ちゃんがさぁ……」
嫌な女。自分でも分かる。なのにむかつくんだから仕方ない。しかもどうでもいい後藤にしか愚痴れない。
そんな自分も恰好悪い。
「だって……さ、少しでも…気に入られたいじゃん…。」
あーあ。何してんだか。私。
「とにかくむかつくの!」
私は勢いよく振り返った。
すると後藤は呆れるでもなく、俯くでもなく、真っすぐした目で私を見てた。
私は耐え切れなくなり目を逸らす。
後藤は変わらず私を見ている。でもその目は優しかった。目が笑ってるようにみえた。
「いーよ。実緒、僕になら何言っても。」
「偉そうに。後藤のくせに。」
私は可愛くないことを言う。つくづく。可愛くない。
「多分、実緒主役でしょ。頑張ってる姿見せればいいんだよ、先生にさ。」
「それ、止めてよ。」
「え?」
「呼び捨てしないで。いつまでも子供じゃないんだから。」
今の私が言っても説得力ないけど。後藤は変わらない声で言った。
「川上さん。大丈夫だよ。」
川上さん……そう言われて、一気に距離を感じた。後藤は私が「ゆうくん」から「後藤」って呼び始めた時、どう思ったんだろう。
「ま、どーせ私ぐらいしか主役できる子なんていないだろうしね。姫って感じでしょ。私。」
私は精一杯の強がりで笑った。