5-中 人斬りの花
激しく雨の降る夜,父と町を歩いている時のことでした。
その人斬りは,静かに私達の前に立ちふさがり,
『石澤 章殿とお見受けする。武部嘉一郎の命により斬らせて頂く。』
冷ややかに言いました。
私は,
ただ父の腕にしがみついていました。
決して怖がっていたのではありません。
父に,早く逃げて欲しかったのです。
死ぬのは,私1人で充分でした。
しかし,父は私の前に崩れ落ちました。
斬られたのです。
悲鳴もあげる隙もなく,
即死でした。
余程腕の立つ人斬りだったのでしょう。
だけど,その人斬りは震えていました。
刀を握る手も,吐き出す呼吸も,
目の見えない私でさえも分かる程に,ガタガタと震えていました。
― 次は私だ。
人斬りが震える剣先を私に向けているのが分かりました。
目の見えない当時の私はただその場に佇んで,
斬られるのを待つしかありません。
でも,
死に憧れを持つようになっていたので,
その人斬りに,感謝の気持ちさえ生まれていました。
生きる資格のない私の始末をしてくれて,
『ありがとう。』と。
人斬りは私を斬りつけました。
しかし,大きく手元が狂ったようなのです。
死には至らず,
左頬に傷を負っただけでした。
傷口から沢山の血が流れ出ました。
― どうして生きているのだろう。
この残酷な現実に,
涙を流さずにはいられませんでした。
しかし,
斬られた頬が痛くて,
流れる血が恐ろしくて,
死ぬ勇気など,
私にはこれっぽっちも無かったのだと,
この時初めて気付かされたのです。
人斬りは,
いつの間にか闇の中に消えていました。
私は,父の亡骸にしがみつきました。
≠≠続く≠≠