今はもう昔の事だが、ある山の麓に、ひ弱な男と、綺麗な女が中良く暮らしていた。
ある日、二人が家にいる時に、豪族の男が力付くで女を奪って行った。
「妻を返してくれ」
男は腹に深い傷を負いながらも、女が見えなくなるまで、叫びつづけた。
翌日、豪族の屋敷に乗り込もうとする男を友人が必死に止めた。
「あそこに行って生きて帰って来た奴は一人もいねえ」
「残念だがかみさんは諦めるしか」
「そうだぜ。馬鹿なことは考えるな」
「そうだぜ。オッサン」
その時、いつからそこにいたのか?若い女が話に加わってきた。
「どちらさま?」
一人の男が聞く。
「旅医者だよ。治すもんは少し違うけどね」
男たちは一同に眉をしかめた。
「姉さん、こっちの治療は終ったよ」
また違う声がした。少年の声だ。
しかし辺りには誰もいない。
そうこうしている内に、妻をさらわれた男の横から、少年がひょっこりと顔を出した。
「いつの間に!」
男たちは驚き飛びのいた。
「さっきからずっと居たよ。傷の手当もしないで、殴り込みなんて。おじさん、馬鹿?」
そう言う少年の手には、血の付いた布や消毒液の瓶があった。