三年間の遍歴を終えた半次郎は、後藤半次郎が眠る地に戻っていた。
約束の日より一月ほど前にこの地に入った半次郎は、日の出とともに剣を握り、日没とともに座禅を組んで日々を過ごしていた。
半次郎はこの三年で、今の世の歪みを見極めていた。
すべての根源は、将軍家の権威の失墜にあった。
この時の足利家当主は義輝であったが、彼は名だけの将軍だった。
実力の伴わない統治者に、実力者が取って代わろうと各地で蟠踞する。
これが戦国の世の構図なのである。
そもそも統治とは才幹をもって行うものであり、実力の無い者が権威に頼って行えば、乱れるのは世の常なのである。
半次郎は苦悩の中にいた。
彼は全国を旅する中、乱世の犠牲者である民衆の姿も、目にしていた。
その光景はまさに惨状であり、戦や飢餓は民衆に容赦なく襲い掛かり、多くの命が意味無く失われていた。
中でも彼が耐えられなかったのは、各地で幼子の遺体が無造作に放置されていたことだった。
その光景を眼にするたびに半次郎は無力感に苛まれ、時には幼子の亡きがらを抱き寄せて、身を震わせたこともあった。
彼等を救うには、一日も早く世を平定する必要があった。
世は主導者を渇望していた。だが、その最有力者である晴信と景虎は対立しあい、身動きがとれない状況下にある。
もしもこの二人が手を取り、共に戦ったのならば、天下は十年を待たずして平定するだろうと、半次郎は考えていた。
だがこの頃の両家は、修復不可能なまでに確執が深まっていた。
両家に深く関わり過ぎる半次郎には為す術がなく、そこに彼の苦悩があった。
後藤半次郎が他界してから、十年目の日が訪れた。
この日の半次郎は、朝から墓標の前で座禅を組んでいた。
自然と同化し、禅にふける半次郎。
彼が僅かな気配に気付いたのは、日が沈みかけた夕暮れ時の事だった。
近づいてくる人影に、半次郎の鼓動は高鳴っていた。
その姿を確認した時、半次郎は懐かしさと驚きで言葉を失っていた。
それは、紛れもなくノアだった。
だが、妙である。十年前に出会ったノアは、どう上にみても二十歳位にしか見えなかったが、目の前にいる今のノアも、そうなのである。