人間が、神に挑むかの如く天へ向け築いた、ビルという名の塔の上。
ゼルは、そこから街を見下ろしていた。
血のような赤い瞳は、苦しみ悶える人間達を映している。
鋼鉄の建物が乱立する街のあちらこちらで、人という人が悶え、苦しみ、ゼルと同じ色の液体を吐きだし死んで逝く。
死んで逝く。
死んで逝く。
ゼルの表情は、瞳の色は陰っていた。
同じ見た目の存在が死んで逝く姿は、いつ見てもいい気分ではない。
天秤を釣り合わすための、
虐殺という名の清算。
死の神の福音。
この街は、栄えすぎたのだ。
人はより長く生きる術を覚え、死から逃れようとした。
死を免れようとした。
生がある限り、死も存在する。
人はそれから目を背けた。
死への冒涜を、死の神は許しはしない。
他の神が、全能神がどう考えているかは知らないが、これが我が主の望みなのだ。
生死の天秤は、釣り合わねばならない。
ビルの端から、タイトなレザーパンツに包まれた足を投げ出し、
同じくタイトなレザーライダースコートのポケットから、煙草を取り出し火をつける。
煙草は、実に有意義な存在だ。
だるい体をニコチンがごまかし、ぼんやりした曖昧な感覚に身をたゆたわせられる。
惨劇を目の当たりにしながら、その光景へ紫煙を吹いた。
その時。
「…ゼル、今どこにおるのじゃ」
ゼルの左耳にぶら下がる揚羽蝶のピアスから、幼い印象の女の声。
「下界の街、バベルです」
「そうか、撒いたのだな、あれを」
「はい」
「して、どうじゃ、効果のほどは?」
「問題ないかと。間もなく街は死滅します」
話し相手は、嬉々とした声になる。
「そうであろう。あれは、わらわが最も気に入っておる疫病体だからのう。頑張って二百年かけて育てたのじゃ。」
「…さすがでございますな」
「当然じゃ。…だが人間もすぐに抗体を作るであろう。ものの十年もすればな。そうしたら、またわらわは別の手段を作らねばならぬ」
「…心中、お察しいたします」
「まあよい。…してゼル、お前を一度冥土戻そう。新しい用事ができた」
「…御意のままに」
刹那の後。
ゼルの背後に、巨大な門扉がせりだしてきた。