その巨大な門扉は、人間がかつて彫刻した地獄の門のような、恐怖を煽るデザインではなく、ごく単純な門扉である。
その下には、鋭い筆跡が特徴の文字が円形に描かれている。
魔法陣だ。
悪神、邪神の類は、この世界には極めて関わりにくくなっている。
そのため、分け身であるゼルが、死の神が関与できるきっかけ、痕跡を作らねばならない。
そのための魔法陣なのだ。
それを描いて初めて、死の神は多少世界に関与できるようになる。
門扉が開くと、生暖かい風が吹き、冥土への道が開かれる。
ゼルは扉の向こうから吹き出す風にさらわれるように体を引かれ、門の向こう側、
すなわち、此岸から彼岸へ渡るのだ。
目の前の景色が一変する。空は黒く塗り潰され、広がるのは刺々しい荒んだ大地。至る所で紫の炎と、咎人どものうめきや悲鳴がゆらめき、声にならないおぞましさが辺りに満ちる。
その光景を眼下に、ゼルの体は冥土で最も高く、大きな建物へと導かれてゆく。
枯れた枝のように、半端に空へ伸びる城。
『枝の城』
とゼルは呼んでいる。
死の神の居城だ。
軽く目眩を感じるような感覚の後、ゼルの体はすでに枝の城の一室に存在していた。
「よう戻った、ゼル」
目の前に、長身のゼルの半分程の背丈の少女がいる。
灰色の、艶やかさの足りない肩口くらいまでの髪に、澱みが支配する虚ろな瞳。色は、何色とも言えない、ただ暗さを感じる色だ。
ただ目にした姿だけでいうならば、まだ男を知らない、女になりかけの思春期の少女だ。
だが、明らかに違うのは、絶望とも空虚とも取れぬ悪感。
その雰囲気が、ゼルより上手である事を表している。
「…お呼びですか、主」
うやうやしくゼルがかしづく。
この少女こそ、死の神。
かつて神の争いに加わった、生死の天秤を釣り合わそうとする存在。
「相変わらず堅苦しい奴じゃ。楽にするがよいぞ」
すっ、と、音もなくゼルの背後に椅子が存在した。
ゼルはゆっくり腰かける。
それを隅まで見つめ回し、死の神は嘆息した。
「憎いまでに美しい瞳じゃのう」
神であるにも関わらず、死の神は少女のように頬を膨らませる。
「恐れ入ります。…で、用事というのは…?」