がく、さい 第七場 〜川上さんの話〜

あこ  2009-10-16投稿
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この人は、どこまでも甘い。

「…いつからだっけ。」


「……ゆうくんって呼ばなくなったの。」


私は独り言のように言った。

「…いつだろうね。中学ぐらい…かな?」

彼は思い出しながらゆっくり話す。慎重に。言葉を選びながり。

「あんまり会わなくなったもんね。仕方ないよ。」


「ありがとう。」


私は長い間言わなかった言葉を、言うべき人に言った。

「え…」

後藤は驚いた顔をした。前髪の隙間から目が覗く。
私の様子を伺うように。
どこか、怯えた目をしていた。

「後藤が先生とか、呼んでくれたんでしょ。ありがとう。」

彼は答える代わりにこめかみ辺りをかいた。
後藤なりに笑ったのかもしれない。


「前髪、切りなよ。」


「やっぱ…邪魔かな。」

「うん。凄い邪魔。」

「本当、実緒は素直だね。」

そういった後、後藤はしまった、という顔をして、謝った。

「いいよ、何でも。」

「…うん。」

私は素直なんかじゃない。可愛くもない。
言いたい言葉も言えない。

頭では、分かってた筈なのに。



「川上さん、お水。」

瀬戸ちゃんが献身的に小さなコップを私の目の前に差し出す。

「大丈夫?自分で飲める?」

「うん。」

私は上体を半分起こし、渡された水を一気に流し込んだ。

「甘い……」


瀬戸ちゃんは目を丸くして、笑った。

「ただの水だよ〜」

悪意のない声で言った。



素直になりたい。
瀬戸ちゃんみたいな子だったら、きっと人生違ってたんだろうな。


透明な水は私の身体の中に取り込まれて、私の中の黒い、どろどろしたものを、流してくれる気がした。


「川上、ご両親来るって。」
先生が顔を覗かせて言った。

「あ、はい。」

先生と瀬戸ちゃんは一旦学校に戻ると、部屋を出ていった。

また後藤と二人。


素直になりたい。

自分にさえ嘘をついてる。

甘いのが飲みたい。白くて甘い液体。
胃もたれしちゃうぐらいの。


馬鹿は私。

私は後藤が必要なんだ。

甘くて、甘くて、吐き出しちゃったとしても。

また飲みたくなるのだ。





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