この人は、どこまでも甘い。
「…いつからだっけ。」
「……ゆうくんって呼ばなくなったの。」
私は独り言のように言った。
「…いつだろうね。中学ぐらい…かな?」
彼は思い出しながらゆっくり話す。慎重に。言葉を選びながり。
「あんまり会わなくなったもんね。仕方ないよ。」
「ありがとう。」
私は長い間言わなかった言葉を、言うべき人に言った。
「え…」
後藤は驚いた顔をした。前髪の隙間から目が覗く。
私の様子を伺うように。
どこか、怯えた目をしていた。
「後藤が先生とか、呼んでくれたんでしょ。ありがとう。」
彼は答える代わりにこめかみ辺りをかいた。
後藤なりに笑ったのかもしれない。
「前髪、切りなよ。」
「やっぱ…邪魔かな。」
「うん。凄い邪魔。」
「本当、実緒は素直だね。」
そういった後、後藤はしまった、という顔をして、謝った。
「いいよ、何でも。」
「…うん。」
私は素直なんかじゃない。可愛くもない。
言いたい言葉も言えない。
頭では、分かってた筈なのに。
「川上さん、お水。」
瀬戸ちゃんが献身的に小さなコップを私の目の前に差し出す。
「大丈夫?自分で飲める?」
「うん。」
私は上体を半分起こし、渡された水を一気に流し込んだ。
「甘い……」
瀬戸ちゃんは目を丸くして、笑った。
「ただの水だよ〜」
悪意のない声で言った。
素直になりたい。
瀬戸ちゃんみたいな子だったら、きっと人生違ってたんだろうな。
透明な水は私の身体の中に取り込まれて、私の中の黒い、どろどろしたものを、流してくれる気がした。
「川上、ご両親来るって。」
先生が顔を覗かせて言った。
「あ、はい。」
先生と瀬戸ちゃんは一旦学校に戻ると、部屋を出ていった。
また後藤と二人。
素直になりたい。
自分にさえ嘘をついてる。
甘いのが飲みたい。白くて甘い液体。
胃もたれしちゃうぐらいの。
馬鹿は私。
私は後藤が必要なんだ。
甘くて、甘くて、吐き出しちゃったとしても。
また飲みたくなるのだ。