自販機の前で、先生はためらいなくコーヒーのボタンを押した。
「瀬戸は。」
「紅茶。暖かいので。」
ガタン
勢いよくペットボトルが落ちる。
「ん。」
先生は子供に飴をやるみたいに、かがんだままの姿勢で、私に紅茶を差し出す。
「ありがとうございます。」
差し出されたペットボトルを両手で包み込む。
暖かい。
私は身体が冷え切っていたことに、今気付いた。
「一服してくる。」
そう喫煙室を指し、言うと先生は隔離された、ガラスばりの部屋に入っていく。
喫煙室の前のソファーに背中から座りながら、私はその様子を見ていた。
先生は器用に煙草を一本取り出し、素早く火を点け、深く煙を吸い込んだ。
そして、右眉を少ししかめながら煙を吐き出す。
白い煙が、天井に向かって一筋の線を描く。
私の中まで煙りが充満したみたいに、先生の呼吸に合わせて息を吐き、吸う。
「まり……ぼろ……」
私は煙草の名前を知らない。先生の煙草のパッケージを盗み見する。
「変な名前。」
私は誰に言うでもなく、呟いた。
私の視線に気付いたのか、先生と目が合った。先生は顎を上げ、必然的に椅子に座った私を見下す姿勢になった。
そして短くなった煙草を乱暴に揉み消して、喫煙室からでてきた。
「何見てたの。」
いつもの興味のなさそうな顔で聞く。
ばれてた。恥ずかしい。顔が熱くなるのが自分でも分かる。
「煙草……美味しそうに吸うなぁって……。」
嘘ではない。事実、先生はとても美味しそうに吸ってたのだ。
「ああ、煙草ね。珍しい?」
「はい、家族も吸わないんで。」
「瀬戸はまだ駄目だよ。あと三年か。」
「二年です!」
予想以上の大きな声がでて、自分でもびっくりした。
先生もこっちを見て、それから口の端をあげて笑って言った。
「悪い悪い、二年、な。」
私は、自分が幼稚なことしてる、と気付いて顔を伏せた。
まだ口を付けずにいるペットボトルを、強く、握った。