「それ、飲まないの。」
蓋も開けずに握りしめていたペットボトルを顎で指し、聞いた。
「暖かいから…。」
「寒いの?」
「はい、少し。」
「これ、かけとけ。」
そう言うと先生は上着を脱いで渡してくれた。
「…ありがとうございます。」
私は渡された上着を膝にかけた。
暖かい。
ほのかに、煙草の匂いがした。
これが、先生の匂い。
私は膝にかけた上着を胸のところまで引き上げ、両手で抱きしめる。
「そんなに寒いか。」
先生は私のその様を見て、言った。
私はペットボトルを開け、少しぬるくなった紅茶を飲んだ。甘い温かさが身体中に染み渡っていく。
「先生は盲腸かかったことあるんですか?」
「ある。辛いよ、あれは。でも、何が悲しいかって……」
先生は突然口をつむんだ。
「何ですか?」
私は興味津々に聞く。
嬉しい。
先生と話せることが。
先生のことを1mmでも多く、知りたい。
独占したい。
「いや、何でもない。」
先生はそう言うと、斜め上を見上げ、はにかむように笑った。
可愛い。
子供のような照れ笑い。
私はこの人のこういう表情に、何度もやられてしまう。
悔しいけど、反則だよ。その顔は。
「川上大丈夫かな。」
先生はごまかすように言った。
「手術じゃなくて、良かったですよね。」
「そうだな。」
私は知らず知らずの内ににやけていたらしい。
「何だよ。」
「いや………先生も男の子なんだなぁって。」
「お前っ……!」
先生は焦って言い淀んだ。
先生の新しい顔。
「しょーがねぇだろう。手術したんだから。剃るのがふつーなの。」
先生は言い訳のように言った。
「…先生の子供の時会いたかったなぁ……。」
心の声が口に出てたらしい。
「生意気言うねぇ。俺は嫌だよ。」
彼は皮肉な笑みを浮かべた。
私は胸に何か固いものが刺さった気がした。
寂しい。穴が開いた。
近づいたと思ったら遠ざかる。
先生の電話が鳴る。
私は上着を置いて、病室に逃げた。