が、くさい 第九場

あこ  2009-10-16投稿
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「それ、飲まないの。」


蓋も開けずに握りしめていたペットボトルを顎で指し、聞いた。

「暖かいから…。」


「寒いの?」

「はい、少し。」


「これ、かけとけ。」


そう言うと先生は上着を脱いで渡してくれた。

「…ありがとうございます。」


私は渡された上着を膝にかけた。

暖かい。

ほのかに、煙草の匂いがした。


これが、先生の匂い。


私は膝にかけた上着を胸のところまで引き上げ、両手で抱きしめる。


「そんなに寒いか。」

先生は私のその様を見て、言った。


私はペットボトルを開け、少しぬるくなった紅茶を飲んだ。甘い温かさが身体中に染み渡っていく。


「先生は盲腸かかったことあるんですか?」


「ある。辛いよ、あれは。でも、何が悲しいかって……」


先生は突然口をつむんだ。

「何ですか?」

私は興味津々に聞く。
嬉しい。
先生と話せることが。
先生のことを1mmでも多く、知りたい。
独占したい。


「いや、何でもない。」


先生はそう言うと、斜め上を見上げ、はにかむように笑った。

可愛い。

子供のような照れ笑い。

私はこの人のこういう表情に、何度もやられてしまう。

悔しいけど、反則だよ。その顔は。

「川上大丈夫かな。」

先生はごまかすように言った。

「手術じゃなくて、良かったですよね。」

「そうだな。」

私は知らず知らずの内ににやけていたらしい。


「何だよ。」


「いや………先生も男の子なんだなぁって。」


「お前っ……!」

先生は焦って言い淀んだ。

先生の新しい顔。

「しょーがねぇだろう。手術したんだから。剃るのがふつーなの。」

先生は言い訳のように言った。


「…先生の子供の時会いたかったなぁ……。」

心の声が口に出てたらしい。

「生意気言うねぇ。俺は嫌だよ。」

彼は皮肉な笑みを浮かべた。

私は胸に何か固いものが刺さった気がした。

寂しい。穴が開いた。

近づいたと思ったら遠ざかる。

先生の電話が鳴る。

私は上着を置いて、病室に逃げた。

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