人が恐いわけではない。
ただ触れられることが嫌だ。
猫にすがり付く様に頬をよせると、彼は大きく欠伸して、余韻で「ニャ」と啼いた。
私の悩みなど関係なく、日だまりへ歩き、フローリングの上へ脚を投げ出した。毛繕いに余念がないようだ。
私は自分の毛先をよじって一つ息を吐いた。
猫の白い毛に反射した陽光が目に痛かった。
私の趣味は旅行。
でも、本当にそれが好きなのかは分からなくなっていた。
ユミは私の部屋で無遠慮に旅行計画を立てていた。
「温泉も一つだよね〜。分かる?分かんないか〜。そうだよね〜。中年のおばちゃんみたいだしねぇ〜」
彼女は私に対して話しているわけではなく、独り言を言っている。慣れるまで結構怖かったが、今では無視して済ませている。
「やっぱり熱海はないか〜。もうちょっと遠くでもいいかも〜。思いきって沖縄とかも有りかも。一週間あれば余裕だね」他人の意見は聞かない。頑固一徹。マイペース。自惚れ屋。
今更にして、自分とは合わないと気付いた。
遅かった。
いいカモにされている。振り回され放題で私の希望は黙殺される。すごく嫌だった。
「いい〜?沖縄で!いいよね!」
私への問いかけは尋問形式。対する私の答えは気の弱さからいつもこうだった。
「うん」
私は無口になった。
ユミとの関係に私は疲れていた。
卑怯だとか、冷徹だと言われるだろう。でも、手段はこれしかなかった。
9月4日。旅行計画を固めたユミには何も告げずに引っ越した。ちょうどユミの仕事が立て込んでるのをいいことに・・・。
自己嫌悪から逃れるために私は猫を飼った。
名前はつけていない。
強いて言うなら「ねこ」。
私は名前を与えるに値しない人間。
一週間の休暇はこの猫と過ごすことに決めた。
つづく・・・・