「…あの時のコゾウか、大きくなったな」
語りかけてきたノアに、半次郎は驚きを隠せぬまま問い掛けていた。
「……貴女は歳を取らないのですか?」
「そういう体質だ、仕方あるまい」
苦笑するノアに、半次郎の脳裏には二つの出来事が甦ってきた。
十年前、ノアが洞窟の事を塞ぐ予定の通路といったことと、景虎から聞いたシャンバラにあるという不老不死の秘薬の話。
そして今、老いることのないノアを目の前にし、彼は一つの答えを導き出していた。
「ノア殿、貴女はしゃんばらの方なのですか?」
半次郎がシャンバラの名を口にした途端、ノアの身体に殺気が生じた。
「……そうだといったらどうする?」
持っていた刀の鯉口を切るノアは、返答次第で抜刀するつもりでいた。
「もしそうならば、この地に近づいてはいけない。甲斐の武田晴信は、貴女の国を狙っています」
この時の半次郎は、純粋にノアの心配をしていた。
その瞳を見たノアは、半次郎の中にあの日のまま、純真な心が宿っていることを知った。
「ワタシの気を浴びて、なんら臆することなしか。強くなったな、三郎」
ノアから殺気が消えた。そのノアに、半次郎は笑顔で答えた。
「今は半次郎殿の名をいただき、名乗っています」
義理堅さもあの日のままかと、ノアは思った。
「オマエの父親が、シャンバラを狙っていることは知っている。
そういう輩からシャンバラを護るために、ワタシは通路を塞いでいるのだ」
そういいながら半次郎に歩み寄ると、ノアは持っていた刀を差し出した。
それはあの日、後藤半次郎から貰い受けた刀だった。
「オマエにやろう。細工してあるから、地上の物より丈夫なはずだ」
「この刀は半次郎殿が差し上げた物、いただく訳には………」
辞退しようとした半次郎を、ノアは軽く首を振って遮った。
「これを要求したのは、単なる口実だ。だからワタシが持っていても意味がない」
刀を受け取った半次郎は、抜刀して抜き身を見た。
今は亡き恩人の遺品に触れ、彼の心は複数の感情で満たされていた。
「そこにある岩を切ってみろ」
半次郎の実力を見たいと思ったノア。だが、半次郎には躊躇いがあった。