が、くさい第十場

あこ  2009-10-17投稿
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病室に戻った私は、ベッドに横たわる川上さんをぼんやり見ながら、先生の匂いを思い出していた。

決していい匂いではないけど、煙草と香水と汗とか、先生を形成してるものが混ざり合った匂いだと思うと、とても愛おしく感じる。

私はふわふわと浮遊していた。私の身体に、鼻孔に、あの人の匂いが染み付いて消えないように。


麻薬。


きっと私にとってあの人は麻薬なんだろう。

私の身体も心も蝕んで、ボロボロになったとしても、それでもまた欲しくなる。


いくら線を引かれても、分かりきった答があったとしても。

後藤くんはずっと沈黙を守っていた。

部屋の片隅で、じっと、息も聞こえないぐらい、存在というそのもの自体を消し去ってしまっていた。


一時間程経ったのだろうか。それともほんの数分だったのかもしれないけど、川上さんが目を覚まし、私と先生は一度学校に戻ることになった。

後藤くんは川上さんの両親を待って、家まで送ると言う。

帰り際、川上さんは私と先生に「ありがとう」と少し照れながら言った。
後藤くんは、まるで保護者みたいにそんな川上さんを見て微笑んでいた。

後藤くんはきっと川上さんのことが好きなんだろう。直感的に、感じた。
女の勘ってやつ。所謂。


病院から学校に戻る時、私は助手席に座り、今日二度目の先生の運転を見た。

行きは川上さんのことで一杯で、気付かなかったけど、先生は運転が上手い。滑らかに、車が道路を走っていく。たまに横目で先生を見る。

先生は真っ直ぐ前を見つめていた。

私の視線なんてまるでなかったもののように。


「練習、出来なかったな。」


先生は途中、時計を見て言った。

時間は六時を指していた。
日が短くなり、太陽が沈みかけていた。

夕日に染められた先生の顔はいつもより一層、思わず息を飲むぐらい綺麗だった。

私は何も言えなかった。話すべき言葉が見つからない。言いたいことも、聞きたいこともいっぱいあるはずなのに。

学校へ着くまで、私は一言も喋らず、先生はまた煙草を二本吸った。

少しでもこの時間が続くように、事故にでもあってしまえばいい。

そんなことを考えて、時折煙草の煙りが目に染みて、少し泣いた。

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