その声に、ゼルは通路に立つ女を見た。
透明感と艶やかさを合わせ持った顔は、ゼルに好奇の視線を送っている。
瞳が充分すぎるほどに潤み、一言で表せば美しい。
薄い、タイトな白のレザードレスで包まれた体は肉感的なラインを描き、それをまたドレスが引き立てている。
こぼれそうな豊かな胸元。
折れそうな腰から、臀部へ描かれた柔らかなライン。
付け根近くまでむき出しの脚。
人間の肉欲を具現化したような女だ。
ゼルは窓に視線を移し、素っ気なく
「…構わんよ」
と一言。
別に緊張している訳でも、まして欲情している訳でもない。
この手合いは苦手なだけだ。
「ありがとう。助かるわ」
女は長い髪がゼルに当たらないよう気遣いながら隣に座る。太腿が、スリットから主張するようにあらわになる。
ふわっ、と香りがした。どことなく光を感じる暖かな香りだ。
列車は時折軋む音をたてながら進み、やがて街は小さくなってゆく。
ゼルは目を閉じ、体を揺れに任せた。
どれだけ強がっても、先程の惨事は瞼の裏に焼き付いている。
同じカタチが、死んで逝く光景。
男も女も老人も子供も。
強者も弱者も犯罪者も善人も。
分け隔てなく与えられた、死の神の福音。
冒涜への罰。
浄化された、魂の器たる肉体でしかないだけのゼルの体が、無意識に震えた。
かつての人間としての魂等ないはずなのに、
心が震えた。
「…大丈夫?寒いのかしら?」
女が、ゼルをのぞき見ていた。潤んだ瞳を、血の色の瞳が捉える。
「…いや、何でもない。気にしないでくれ…」
意識を現世にしっかり結び付け直し、ゼルは答えた。
そのまま席を立ち上がり、列車最後尾のテラスへ向かう。
テラスに出ると、景色と共に錆びたような現世の匂いが広がる。
生暖かい風だが、それでも今のゼルには心地いいものだ。
「お兄さん」
後ろから、またあの女の声。
「この姿はお嫌いだったかしら…?」
自分のせいだと思っているのだろうか。
もういい加減欝陶しく感じ、無視を決め込もうとしたゼルは、次の言葉に息を呑む。
「…ねぇ、さっきビルのてっぺんで何をしていたの?」