名刀虎鉄は石灯篭を切り裂いたという伝承があるが、普通刀で岩を切れば大概は折れる。
半次郎は大事なこの刀を、そんな運命にはしたくなかったのだろう。
「どうした、そんな物も切れない様では、半次郎の名が泣くぞ」
その言葉に、半次郎の目つきが変わった。
鞘を腰に差し込むと、半次郎は大きく振りかぶった。
ノアは刀が丈夫になったというが、それがどれほどなのか。
とにかく今はその言葉を信じるしかなく、覚悟を決めて刀を振り下ろした。
岩は見事に砕け散った。
半次郎は直ぐさま刃を確認したが、刀は折れるどころか、刃零れ一つしていない。
シャンバラの技術の高さに、彼は驚嘆していた。
半次郎は岩を砕くことに成功していたが、ノアは苦い顔をしていた。
「砕くのではない、ワタシは切ってみろといったのだ。
……オマエ、理<ことわり>というものを知らないのか?」
そういわれて半次郎は思い出す。昔見たノアの剣は、確かに岩を切り裂いていた。
「理の語源は石割、どんなに硬い石でも筋目にそって刃をいれれば、簡単に割れることからきている」
ノアは刀を受け取ると、別の岩の前に立って気を集中させた。
「力任せに振り回すのではない、対象物に気を同化させて理を知り、そこに刀を滑り込ませる様にして、切るっ!」
一閃の筋が岩をすりぬけた。その刹那、岩は綺麗な切目のもと、二つに別れた。
ノアの剣技に見惚れる半次郎だったが、体の奥から好奇心と探究心が呼応して沸き上がってくると、それを押さえきれなくなっていた。
「ノア殿、もう一度やらせて下さい」
両手を差し出し、刀を要求する半次郎。
その純真無垢な笑顔に、ノアは一瞬思考力を奪われていた。
刀を受け取った半次郎は手頃な岩を見つけると、その前で身構えて目を閉じた。
気の鍛練は、日頃から座禅で行っている。その要領で静かに気を練る半次郎は、意識を岩に同化させていた。
半次郎の気を読むノアは、その性質に驚かされていた。
彼の気は先程とは違い、殺気が微塵も感じられない、静かな気なのである。
それをこれほど大量に放出できる者を、ノアは他に一人しか知らない。