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美香は立ち直りが早い方ではなかった。ただ、誰かが傍にいる場合は、心配をかけないように明るく振る舞う努力を欠かさなかったが、こんな状況では流石に無理だ。
だが、いつまでも泣いているわけにはいかない。世界は美香のためにはない。美香のために時間を止めてはくれない。
今は辛いが、一旦王子のことは忘れて、もう一人の大切な人を助けなければならない時だ。
美香は立ち上がった。壁にもたれて沈んでいるジーナに向き直る。
「ジーナ。」
ひどい声だった。喉が枯れていた。鼻をすすって唾を呑み込んで咳払いをして、美香はパン、と軽く両頬を叩いた。
「ジーナ。」
今度は少しマシな声が出た。
ジーナは、ふ、と意識が水面に浮かび上がったように、おぼろ気な目で美香を見た。
「……どうした?」
「私、ちょっと行ってくる。ここでの目的を果たしてくるわ。」
ジーナは、ライオンがたてがみを震わせるのとそっくりな仕草で頭を振ると、美しい黒髪をかき上げた。
「そうか。前から気になっていたんだが、お前はこの場所に何をしに来たんだ?誰か“闇の小道”に閉じ込められた仲間でもいるのか?」
美香は驚いた。
「何でわかるの?」
「ここはそもそもそういう場所だろう。知らないのか?ホシゾラさんや、他の“生け贄の祭壇”にいる人も、みんな“闇の小道”に迷い込んだ子供を助けるためにいるのだぞ。」
美香は開いた口が塞がらなかった。
「じゃあ何でホシゾラさんたちは耕太を助けてくれないの!?もうずいぶん前から“闇の小道”にいるのよ!?なのに何で!」
「よくは知らないが、覇王という者がすべての“闇の小道”の扉を封鎖した、という話を耳にしたことがある。それ故に誰も“闇の小道”の子供を助けられなくなったのだと。」
美香が“闇の小道”にいた時、舞子と覇王が話している言葉を聞いた。確かに、『入り口を塞ぎに行こう』と言っていた気がする。
美香は唇を噛み締めた。じゃあ、美香もまた、耕太を助けられないということか。一体どうしたら――。
「…っ、私、ホシゾラさんに話を聞いてくる!」
美香はジーナを置いて、さっき美香がいた部屋に戻るべく真っ直ぐな廊下を駆け抜けた。
石のアーチをくぐると、椅子の横に立っていたホシゾラが振り向いた。短い髪がたおやかに揺れる。