子犬のように走る瀬戸さんの後ろ姿を見てると、僕まで優しい気持ちになった。瀬戸さんはきっと先生のことが好きなんだろう。実緒が前に言ってたことを思い出した。英語劇やりたい、と言ったのも、先生とより長く一緒の時間を過ごしたかっただけなのかもしれない。
遠藤さんは何故か少し悲しい目で、瀬戸さんの背中を見てた。僕は違和感を感じたけど、ただ眠かっただけなのかも、とも思った。
先生は昨日の放課後、学祭の練習が出来なかったことを謝り、実緒が倒れたことを説明した。今日は練習するけど、ジュリエットは代役で遠藤さんにお願いすると言った。
遠藤さんは眉をしかめ、明らかに迷惑そうな顔をした。
僕の席は教室の一番後ろで、窓際だ。右隣にいる遠藤さんは、教卓をみると、自然と目に入る。
彼女を見る為に、右目の前髪を少し左に流している訳ではない。つむじの関係で仕方ないのだ。見ようとして見る訳ではない。決して。誓って、断じて、違う。
一時間目はそのまま英語の授業。女子にも男子にも人気がある秋谷先生の授業は、皆真面目に受けている。雑談をする人も、内職をしてる人もあんまりいない。
そんな中、遠藤さんは堂々と小説を読んでいる。
表情を変えずに、悪びれもせずに。
「遠藤。次読んで。」
先生はそれに気付いたのか、遠藤さんを指した。
僕は自分が指された時以上に動揺し、遠藤さんの様子を伺う。そんな僕の様子はお構いなしに、遠藤さんはすっと立ち上がった。そして、流暢な英語で、持っていた小説を読んだ。教室がざわつく。教科書には載ってない文章と、遠藤さんのあまりに美しい発音に。
先生は一度眉がひきつったが、すぐいつものぼんやりとした顔に戻った。
読み終えた遠藤さんは満足気な顔で微笑んだ。それはまるで先生を挑発しているようにも思えた。
先生は小さな拍手をした後、
「素晴らしい。けど今は授業な。これは、没収。あとで職員室来なさい。」
先生はそういうと遠藤さんの持ってた本を取り上げた。
遠藤さんは返事もせずに、眉一つ動かさなかった。そして先生がまた教卓まで戻ると、不意にこちらを向き、小さなピースをした。僕は慌てて前髪を直し、目を逸らした。
彼女は今度は小さな声で
「教科書貸して。」と囁いた。