僕は彼女の言う通りに教科書を差し出す。すると遠藤さんは笑った
「それじゃあ後藤くんが見えないでしょ。」
そう言って、机を近付けて来た。ぴったりとくっついた机の真ん中に教科書を置く。遠藤さんが覗き込む度に肩が触れ合う。僕は肩が熱くなるのを感じた。同時に、胸も熱くなった。
「教科書ぐらい持って来いよ。」
先生が呆れた顔で言った。でもそんなに怒ってるようには見えなかった。遠藤さんは軽く舌を出した。失敗をごまかしてるというよりは、先生にあっかんべーをしている、という感じだった。それでも、彼女は愛らしかった。
「ったく……じゃあ、次、田辺。」
僕はページをめくろうとする。と、遠藤さんも同時にめくろうと手を延ばし、瞬間、手が触れる。
「ごめんっ…」
僕は反射的に手を戻し、謝った。
「え?」
彼女は丸い目をさらに丸くして僕の顔を真っ直ぐ見つめる。
「何で?」
僕は彼女の視線に耐えられずに窓の外を見た。校庭では、女子が、よく分からないダンスをしていた。うねうねと、身体をねじり、絡み合っていく。
「ねぇ、何でよ。」
遠藤さんは僕の肘あたりを指で引っ張る。
「後藤くんは何も悪いことしてないでしょ。謝る必要なんてないよ。私は、本当に悪いと思った時しか謝らない。謝りたくないから悪いことはしない。違う?」
遠藤さんは刺さるような視線を僕に向けた。
怖い。
全て見透かすような大きな目。淀みのない、綺麗な目。僕の心も身体も真っ裸にされる。
怖い。
「ごめん…。」
僕は他に思い付かず、気付くと謝っていた。
「だ、か、ら、それ!」
遠藤さんは頬を膨らませて言った。
そして笑って言った。
「いーよ、もう。」
彼女は表情がコロコロ変わるのだ。
「そこ、うるせーぞー。」
先生は僕等を指して言った。僕はとばっちりを受けてしまったようだ。
遠藤さんは全く反省のない声で
「はーい。」
と返事をした。