半次郎の気は、まるで揺るぎないみなもの様だった。
その穏やかな気が辺り一面を支配した時、彼は眼を見開いて刀を振りぬいた。
見事な太刀筋であったが、半次郎は浮かぬ顔をしていた。手にした刀に、ほとんど手応えがなかったのだ。
岩に視線を移したが、何の変化も無い。
『……駄目だったか』
そう思った直後、岩は斜めに切れ目を生じて滑り落ちた。
「ノア殿、私にも出来ましたっ!」
無邪気に喜ぶ半次郎に、ノアは小さく頷いた。
「静の気を使うとはな、正直驚いたぞ」
「せいのき……?何ですか、それは」
聞き慣れない言葉に、半次郎は首を傾げた。
「そうか、オマエ達の間では、そういう概念はなかったな。
気の性質は大きく分けると、動と静に分けられる。ワタシのように殺気をこめて相手を威圧する気は動、オマエのように穏やかで周りのものと同化しやすい気は静に属する。
動の使い手に比べ、静の使い手は極端に少なく、ましてや戦闘に堪えうる量を持つ者など皆無にちかい。
ワタシ自身、オマエ程の使い手を見たのは二人目だ」
「二人目?」
半次郎はもう一人に興味をもったが、あれこれ尋ねるのは失礼かと思い、聞けずにいた。
そんな半次郎に笑みをもらすと、ノアはつい口を開いてしまった。
「……もう一人はワタシの弟、ハクという男だ」
ノアは自分自身に驚いていた。
野心も邪心も感じられない半次郎に、警戒は必要ないと考えていたが、何故こうも軽々に話してしまうのか、不思議に感じていた。
だが、その答えはすぐに見つかった。
ハクの名を口にしたことで、半次郎の目が弟にどこか似ていることに気付いたのだ。
今にして思えば、あの夜に二人の前へ姿を現したのも、闇の中にあっても輝きを失わない、凛としたこの瞳に惹かれたからだった。
「静の気を完全に使いこなすには、想像を絶する修練が必要だ。修業に励めよ」
「はいっ!」
半次郎の返事に満足したノア。
「もう逢うこともあるまい、達者で暮らすがいい」
ノアは半次郎に関わることが、危険であると感じ始めていた。
彼の無邪気な笑顔は、いとも簡単に人の警戒心を解いてしまう。これ以上長居すれば、シャンバラの事を話してしまうかもしれない。