不思議だ。
中学からずっと柔道を続けてきた。
試合も何度も経験してきた。
でも今も試合となると緊張する。
不思議だ。
今は、この試合にはそこまで緊張してない。
俺の人生でも、これから始まる試合は1、2を争う大切なものになるはずなのに。
試合畳の上を歩いて行く。普通の畳と違う、柔らかい柔道場の畳の感触がしっかり感じ取れる。
市瀬の正面にたつ。
市瀬の頭の向こう側にギャラリー席が見えた。
あっ。
ギャラリー席によく知った面影の女の子を見つけた。
ほんとに来てくれたんだな。
視線を戻し、再び市瀬を見た。
市瀬の顔には曇りひとつない。
緊張の色もさほどない。
敗けることなんて微塵も考えていないものの目だ。
中学の、あの頃の俺と同じ目だ。
でも、それだけが正しいわけじゃないと思うぜ。
敗けを恐れないものが本当に強いやつじゃねぇよ。
俺は恐いよ。
敗けるのが恐えよ。
でもな。
あの頃みたいなのに戻るつもりもないんだ。
だから勝つよ。
どんなにカッコ悪い勝ち方でも勝つぜ。
市瀬に向かい礼をする。
体をおこしながらほんの少し目を閉じて、また目を開けた。
「はじめぇ!!」