「…おのれっ!どこまでも下劣なっ!」
レミエルはもがくが、その腕にとっては、ただ赤子が暴れているに過ぎない。
ゼルは脱力した四肢をふんばらせ、ようやく立ち上がると、渾身の力で槍を身体から引き抜いた。
「……っぐあっ!」
血が一気に噴き出し、地面に血だまりを作り出す。
フードの少女が、ゼルに肩を借す。
「しっかり…しっかりしてよ、フェルゼル兄」
「…誰だ…」
漏れる虫の吐息のようなゼルの問い返しには、二つの意味があった。
フェルゼルとは誰だ?
そして、お前は誰だ?
二人は蛞蝓が這うように、瓦礫の影にあった側車付きの二輪車に向かう。
少女は押し込むようにゼルの身体を側車に乗せ、アクセルを一気に吹かした。
耳元で、死の神の声がする。まさに今死の淵へ向かっている己が使いに。
皮肉な光景だった。
「たわけたわけ!わらわがそなたを見捨てるとでも思うたか、このたわけ!残っておった陣より状況が分かったから良かったものの…。
そなたはわらわの分け身ぞ!その美しい瞳の焔を消させるものか!」
「…申し訳…ない…」
「そなたの不備は責めん!何か事情があったのであろ!?」
「……は…」
「それはまた後に聞く!今宵は満月…わらわの力も更に弱まってしまう…。
よいか、ゼル!死して冥土に戻る事まかりならんぞ…!」
「……ぎ、ぎょ…い…」
人の身体。血の入った肉の袋。
脆いものだ。
なんとなく、魂の焔が揺らぐのを感じる。
冥土からの生暖かい風が、焔を小さくし、吹き消さんとしている。
神の小間使いには、常人よりわずかに肉体的には優れている。
驚異的自然治癒力、肉体能力を限界まで引き出す力と、それを制御、操作する神経。
それでも、魂の焔が揺らいでいる。
「しっかり…!死なないで、フェルゼル兄!」
少女の声が聞こえる。
なぜか、魂の焔が声に反応し、ほんのわずかに勢いを戻す。
何故だ…?
何故…この少女は自分に影響をもたらす?
人とは違う、小間使いの自分に、何故人間ごときが…。
ゼルの意識が、ふつりと切れた。