「失礼しまーす。」
私はわざと大きな音をたてて職員室のドアを開ける。いたって不真面目な生徒らしく。先生の前に仁王立ちになる。
「小説、返して下さい。」
簡潔に、要点のみを述べるように気をつける。
「おう、遠藤か。」
先生はいつもと変わらぬトーンで答える。
「お前元々、英語出来るのに今年成績下がったよな。」
当たり前だ。わざと間違った答え書いてるんだから。
「受験生だってのに…。でも模試の点は良いんだよなぁ。」
いい加減気付けよ。
「俺が担任になってからだよな。やたら反抗的な態度とるの。」
やっと気付いたか。遅いんだよ。
「もしかして……俺に構って欲しいのか?やめとけやめとけ。いいことないぞ」
このっ………野郎!
奴は片方の唇の端を上げて嫌味ったらしい笑いをした。
「嘘だよ、ま、授業態度は改めろよ。」
私が無反応なのに耐え切れなくなったのか、奴はいかにも先生らしい台詞を吐いた。
私は乾いた笑い声を出した後、ずっと言ってやりたかった言葉を言った。他の先生に聞こえないように、秋谷の肩に手を置いて、耳元に囁くように。
「調子に乗ってんじゃねーぞ。」
奴は表情を変えなかったが、顔の筋肉が強張るのが分かった。
「生徒に媚び売って期待させてんなよ。」
私は出来る限りのドスを効かせて言う。
先生は素早く、私の手を払う。そして少し考えてから、いつもの、とぼけたようなどこか気の抜けた声で奴は言った。
「ああ、そういうこと。ふっ……友達想いだねぇ。」
私は先生から身体を離し、少し身をくねらせ、腰に手を置いた。私は優位に立ちたいのだ。何時だって。そして声を出さずに笑った。引き攣らないように、自然に笑えるよう気をつけながら。
「分かったら、態度改めて下さいね。」
刺のない、出来る限りの優しい声で言う。まるで冗談みたいに。
言いたいことだけ言い終わると、満足感と共に軽やかにくるり、と 身を翻す。
「あ、後藤くん。」
そこにはクラスの男の子がいた。聞こえてただろうか。私の脅迫。
聞こえてたっていい。構わない。どうせ、後藤くんは誰にも言わないだろうし、言ったとしても、私の印象が悪くなるだけ。どうってことない。