男と女の相性なんて、多分漫才と一緒なんだと思う。ツッコミとツッコミじゃダメだし、ボケとボケでもうまくいかない。
男と女もやっぱりボケとツッコミが組んだ時に初めてうまく行くんじゃないだろうか。
友美はあきらかにツッコミだから、当然俺がボケって事になるのか?
でも、夫婦漫才になる前に友美は死んじゃった。
そんな事を考えていたら、急に涙が溢れて視界が霞んだ。
アパートの部屋に戻ってみると、部屋に電気がついている。
俺、電気消し忘れたかな。もっとも、かなり動揺してたからなぁ…
そう思い、鍵を開け中に入り、ドアを後ろ手に閉めた。
あれ?
玄関の真正面の、部屋をひとつ挟んだ奥のキッチンから鼻歌が聞こえる。
キッチンとの境には大きなのれんが下げてあって、中を完全に見通す事はできないが、のれんの下から鼻歌に合わせて軽くステップを踏むような後ろ足が見える。
あの歌、あの声、そしてあのステップは、確かに友美がキッチンで料理を作っている時のそれでしかない!
だ、だけど友美は死んだんだし、俺は間違いなく友美の通夜に行ってきての帰りだし…
でもあの声、あのステップは…
のれんの下の足がくるりとこちらを向いた。そして、のれんの隙間から細い指がスーっと出てきた。
俺は一歩後ろに下がり、ドアに背中をくっつけた格好で身構えた。
のれんがサッと開き、何事もなかったかのようなエプロン姿の友美が平然と現れた。
だが俺は平然って訳にはいかない。
俺の様子を見た友美は、
「あら、どうしたの、その顔?」
と澄まして言う。
俺はといえば、足はガタガタ震え、友美を指さしながら、訳の分からない声を上げるのが精一杯だった。
「う、うわー!うわー!」
「上着は脱いだら掛けといてよね、シワになっちゃうから」
「ゆ、幽…幽…」
「夕食はちょっと待っててね。今作ってるところだから」
「で!…出っ…出っ」
「出前ばっかり取ってる訳にいかないじゃない。たまにはご飯くらい作るわよ、私だって」
「お、オバ…オバ…」
「お馬鹿さんな事ばかり言ってないで、早く顔洗って着替えちゃってよ」
そう言うと、友美はまたキッチンに戻っていった。
俺は玄関で腰を抜かして座り込み、初めて意味のある日本語を発した。
「うわ〜幽霊!出た!オバケ〜」