「ねえ、私の願い事聞いてくれる?」
頭上から突然聞こえた声に、全身の毛が逆立った。緊張が走る。息を潜め、身を低くする。大丈夫、この暗闇で顔までわかるはずはない。黒いウィンドブレーカーのフードを被り直し、僕は決意を決めて振り返った。
土手を抜ければ、すぐ国道にでる。国道まで行けば車が停めてある。
深夜2時55分。いい時間だ。
これ以上早くても、遅くてもいけない。
まともな人間は散歩なんかしたりしない時間。居るのは酔っ払いか、訳ありのやからばかり。誰も他人のことなんか気にしちゃいない。
走って、国道まで行けば、大丈夫。幸い取引は見られてない。
振り返り、駆け出した瞬間、車のヘッドライトが僕の顔を青白く照らした。
「あ………さん!!」
ライトが点くと同時に、また頭上から声が降ってきた。車のタイヤ音と混ざってよく聞き取れない。
だが、
その声の主もまた、青白く照らされていた。
そこには、セーラー服を着た、黒い髪の女が立っていた。
こんな時間に…?
違和感を感じて、足が動かなくなってしまった。
しまった…。
顔を見られた…?
予想外の事態に次にどう行動するべきか、考える。冷静にならなくては。汗が、鼻筋を通って、口に入る。しょっぱい。気付けば数秒、その女と真っ正面から向かい合う形になっていた。
女はまた何かを叫んだ。
「サンタさん…!!」
サンタ??
何を言ってるんだ、この女は?
僕は自分の耳を疑った。
サンタって、あのサンタか?赤い服を着て、白い髭を長く伸ばして、体格の良すぎる親父……あのサンタ?