子供のセカイ。85

アンヌ  2009-10-31投稿
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美香が呆然と見いっている間に、ホシゾラは部屋の四隅の松明に火を灯していった。闇に沈んでいた部屋が、ふわりとオレンジの光に包まれた。
「美香、石舞台に登ってちょうだい。」
美香は、小さな階段を登って、石舞台の上に立った。
そこには何もなかった。ただ、ホシゾラの言った通り、血のようなもので描かれた、かすんだ赤黒い円が石舞台の真ん中辺りを広めに囲っている。
「円の中には入らないで、少し距離を取って。……そう、その辺でいいわ。」
美香はこの時、なんとなく“生け贄の祭壇”の真の意味がわかった気がした。
「生け贄」は「祭壇」に上がり、扉の番人に捧げられる――。この場合、美香自身が「生け贄」なのだ。
「準備はいい?」
後ろから遠慮がちに声をかけられ、美香は、振り向かずに頷いた。
ホシゾラが石舞台の傍に立ち、何か呪文のような言葉を唱え始める。
美香は唇を噛み締めた。
(……耕太、)
今、助けるから!
胃がきゅうっと縮まるような恐怖が、じわじわと体を蝕んでいく。美香は頭を振って余計な考えを振り払おうとした。犠牲のことをちっとも不安に思わないかと言えば嘘になる。何か大事なものを取られる覚悟をしなければならない。例え命じゃないにしても、大切なものであるに違いない。この目だろうか、耳だろうか。耕太を救い出した後、世界は以前と同じだろうか?もう二度と耕太と同じ景色を見て、同じように感じることはできなくなってしまうのではないか?
美香の物思いは、突如響いたライオンの吠える声によって打ち砕かれた。
あっ、と思う間もなく、高い天井から何かが降ってきて、重量を持ったものが、ずしん、と石舞台の上に降り立った。震動に驚いて、美香は思わず片膝をついた。
赤い円の中に、太くて大きい、獣の足が見え、美香は恐る恐る見上げていった。
目の前にライオンの大きな顔があり、赤い目を光らせて美香をのぞきこむようにしていた。
毛並みは目の冴えるようなペパーミントグリーンだった。背中には真っ白な翼が生え、立派なたてがみが顔の周りを覆っている。
美香は縮み上がって、思わず尻餅をついた。番人が人間だと思っていただけに、その衝撃は大きかった。
ライオンはそんな美香の様子を見ると、人間でいう「にやり」とした表情で笑った。
「久しぶりだな、小娘。」
美香は返事ができなかった。

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