教室に戻ると瀬戸ちゃんが駆け寄ってきた。
「本、返して貰えた?」
「あ、忘れてた。」
純粋に忘れていた。先生に言いたいことを言って、満足しきってしまっていたから。
「え〜何しにいったの。」
瀬戸ちゃんは小さな口で笑った。
「ないしょ。」
私はわざとぼかすような言い方をした。まさか瀬戸ちゃんに言える筈のない気持ちを隠すために。
他の人にどう思われようが構いっこないが、彼女にだけは、知られたくない。
「え〜〜」
と言っておどけてみせたが、もしかしたら私も、先生が好きだと思われてるのかもしれない。彼女の目に、少なからず動揺の色が見てとれた。瀬戸ちゃんは素直で、真っすぐで、分かりやすい。すぐ顔や態度に出てしまう。本人は気付いてないかもしれないが、瀬戸ちゃんが先生のことを好きなのも、クラスの女子は皆知ってる。
「安心して。私先生のことキライだから。」
私は瀬戸ちゃんの肩に手を置いて、満面の笑顔を作った。嘘ではない。私の本心。
「それも複雑だなぁ…」
瀬戸ちゃんははにかむような、困ったような顔で笑った。自分が好きな人を友達に認められないというのは、結構、酷なことなのかもしれない。でも私はそこまで優しくも、出来た人間でもないから、そう言うしかない。せめて瀬戸ちゃんが悩まないように。
机や椅子を教室の後ろに追いやり、何時でも練習できる状態になったところで、台本を抱えた後藤くんがやってきた。いつものオドオドとした目で。
後藤くんが紙の束を机に置くと、バランスを崩した紙たちは見事に崩れ去った。
教室中に、罵声と、嫌らしい笑い声が響く。人を小ばかにしたような。
「何がおかしいの。」
私は思わず口に出していた。自分が思ってたより低く、冷たい声が出た。