雑然とした放課後の校舎。その廊下をドタドタと走る二人の少年。
ある者は迷惑そうに、またある者は奇異なる物を見るように、すれ違う生徒達は二人に視線を向けていたが、彼等は憚ることなく走り続けていた。
「急ごう、ぐずぐずしてると大澤さんが帰ってしまうぞっ!」
左手を行く結城哲哉が促すと、連れの真壁八雲がおっとりと口を開いた。
「なぁ、てっつぁんよぉ、その大澤さんってのは本当にそんな凄い人なのか?」
「ああ、俺の知るかぎりでは、県下一のスラッガーだった人だよ」
そういわれてもスツキリしない八雲は、更に問い続ける。
「なぁ、てっつぁんよぉ、なんでそんな人がこの学校に………」
「この教室だっ!」
2−Aと書かれた教室の前で哲哉が急停止すると、それに反応しきれなかった八雲はそのまま通り過ぎていった。
ここはとある地方の県立橘華高校。二人はそこの新入生だった。
その二人が校内を奔走するのには、深刻な理由があった。それは二人が入部した野球部の部員数が七名だけで、試合もできない弱小部であることだった。
一昔前までは活気のある部だったそうだが、ここが県下一の進学校であり、全国レベルの実力を持つサッカー部の存在が相乗して生徒の野球離れが進み、彼等が入学した今年には三年生が五人しか在籍していなかった。
そのため、二人は部員集めから始めなければならなかった。
「急に止まるなよぉ」
怒りながら戻っくる八雲をよそに、哲哉は教室を覗き込んで大澤を捜していた。しかし放課後に入ったばかりの教室は喧騒としていて、一人の人間を探し出すには不都合だった。
「すみません、大澤さんはいますか?」
近くにいた男子生徒に尋ねると、その生徒は振り返って大澤の名を呼んだ。
帰り支度をしていた大澤がそれに気付くと、彼は二人に鋭い眼光を向けた。
『……あいつは確か』
二人に面識のない大澤だったが、哲哉の顔には僅かに見覚えがあった。
椅子から立ち上がり鞄を手にすると、ゆっくりと二人に歩み寄り、持ち前のバリトン・ボイスで問い掛けた。
「確か三郷中にいた結城だったな。俺に何の用だ?」
哲哉を見下ろす大澤は、その切れ長の目で威圧をかけていた。
哲哉と八雲はともに一八○近い上背があったが、大澤の傍らではその二人が小さく見えた。