ならば策はあると、半次郎は考えた。
「いずれ痺れを切らして武田は動くでしょう。
その際に武田は兵を二分し、一軍をもって上杉勢の背後を突き、もう一軍が八幡原でこちらが迫り出されてくるのを待って挟撃する。この策でくるはずです」
静かに頷いた政虎は、半次郎と同じ考えだった。
半次郎は更に続ける。
「ならばこちらは武田の動きにあわせて先に千曲川を渡り、敵が合流する前に待ち伏せの一軍を叩く。これ以外、活路は無いように思われます。しかし、……」
言葉を濁した半次郎は海津城に視線を向けると、続いて八幡原に移した。
「この策には問題が二つあります。
一つは武田が動く時機が分からなければ、こちらは動きようがない事。
そしてもう一つは、上手く一軍の頭を抑えて撃退しても、残りの敵と戦うだけの余力は残っていないはずです」
「短時間でよくぞその答えを導き出した。だが、武田が動く時機は分かっている」
政虎は海津城に視線を移した。
「武田は今夜動く」
物見からの情況報告を分析した政虎は、そう確信していた。
「我が軍も今宵、闇に紛れて川を渡る。問題はただ一つ、戦闘に時間的余裕が無いことだが、半次郎の加勢があれば、敵の一軍に打撃をあたえて早々に撤退できよう」
半次郎の帰参により、兵の士気は上がっていた。この頼もしい男の参陣で勝算を得た政虎の表情は晴れていたが、なぜか半次郎は伏せ顔でいた。
「どうした半次郎、まだ何か気になることがあるのか?」
促された半次郎は顔を上げると、まっすぐな瞳で政虎を見た。
「政虎様、このまま武田と争い続けても、悪戯に人命を損なうだけ。…和解の道を考えては戴けないでしょうか」
政虎の表情が変わった。
「以前に将軍家より和睦の命が下ったことがあったが、信玄は承諾しておきながら信濃侵略を止めなかった。
もはや信玄を討たずして、上杉の義は成り立たぬ」
その声には怒気が篭っており、信玄にたいする嫌悪感は、それほどまでに強くなっていた。
「……政虎様は苦しんでいる者を助けるため、戦い始めたはずです。いつから武田を滅ぼすことが、戦う目的になったのですか?」
政虎は言葉を失った。助けを求められて始めた信玄との戦いだったが、いつしか信玄打倒が人生の主題になっていたことに気付いたのだ。