どうやら石舞台から降りなかったのは正解だったらしい。舞台の下で待機していたホシゾラが、慌てて美香の後ろに回りながら叫んだのだ。
「舞台を降りちゃダメよ、美香!契約違反で、番人が外に出てきてしまうわ!」
番人が悔しそうに唸ったのが、ホシゾラの言葉が正しいという証拠だった。ライオンによく似た形をした番人は、背中の翼をばっさばっさと羽ばたかせながら、赤い円の中をうろうろしている。どうやら、そこから出られないようになっているらしい。しかし美香が怖じ気づいて舞台から降りれば、番人は外へ出てきて美香を殺してしまうのだろう。
美香はドキドキする心臓を押さえながら、ゆっくりとライオンに半歩近づいた。
「無礼だから命を奪おうとするなんて、とんでもないわ。」
美香はできるだけ余裕そうに聞こえるように胸を張った。気力で負けたらおしまいだ。
「だが小娘、そなたはどちらにしても自分を犠牲にしに来たのであろう。“闇の小道”への扉を開くために、そこへ立っているのではないか?」
「そうよ。だから、耕太を“闇の小道”から出してよ。」
「ならばそなたは我に命を捧げねばならぬ。耕太とやらを本気で助けたいのならば、命を懸けることくらい容易いだろう?」
番人は意地悪く笑う。
売り言葉に買い言葉で、危うく「もちろんよ」と言ってしまいそうになるが、も、まで言いかけて、はたと思い止まる。ダメだ、このままでは番人の思うつぼだ。
番人は獲物を狙うように低い姿勢になり、美香の返事を待っている。美香は落ち着こうと大きく深呼吸すると、話を変えた。
「あなたはなぜ覇王の味方をするの?“子供のセカイ”を守るのがあなたたちの役目ではないの?」
ホシゾラの言い方を少し変えれば、この言い分も間違ってはいないはずだった。番人が少しだけ怯んだのが伝わった。
「……別に奴の味方をしているわけではない。ただ一時、手を組んだだけだ。」
「だから、それが何でかって聞いてるのよ。」
ライオンはばつが悪そうにうつむいた。
「……奴は我に食い物をくれる。際限なく増え続ける食い物を。」
「どんな食べ物?」
「“子供のセカイ”にいる光の子供の、想像物だ。」
舞子だ。美香は直感的に悟った。舞子が持つ想像の力には絶大な威力がある。際限なく増える食物など想像できるのは、舞子くらいだろう。