「この三年間、初代半次郎が私に託した遺志が何なのかが知りたくて、全国各地を巡りました。
そして戦乱に疲れた民衆の姿を目にした時、そこに捜し求めていた答えがあることに気付いたのです。
民は飢え、幼き子等は親を失い泣き崩れ、多く人が罪無く死んでいるのです。
彼等を救うには、上杉と武田が手を組んで戦国の世を終わらせるのが、最善の策なのです」
半次郎の心の叫びが辺りを支配ていした。上杉家の諸将達は、彼の言葉の重さを理解していたのだ。
「……お前の言い分はわかった。だが、信玄がそれを受け入れるのか?」
問い掛ける政虎に、半次郎はまっすぐな瞳で答えた。
「もしも受けぬというのであれば、…その時は私が信玄を切ります。
さすれば武田は求心力を失い、簡単に崩せましょう。その後に上杉単独で、天下泰平を実現させてください」
半次郎は生家を滅ぼすことになっても、乱世に苦しむ民衆を救いたいと考えていた。
半次郎の決意に、政虎は心を打たれていた。それと同時に己の義を見失った自身を恥じ、そして決断した。
「我等は知らぬ間に進む道を誤っていたようだ。それに気付いた以上、本来あるべき道に戻るのが筋と思うが、異論のある者はいるか」
諸将達は沈黙をもって政虎に賛同を示した。
これに頷くと、政虎は半次郎に体ごと視線をむけた。
その瞳の奥には義の戦士、上杉謙信の強くて清らかな光りが宿っていた。
「これより我等は乱世に苦しむ民衆を救うため、義の道を突き進む。必要とあらば、信玄とも手を結ぼう。だが、……」
一端言葉を区切ると、政虎は海津城に視線を移した。
「そのためにはここで武田と一戦し、我が軍の屈強さを知らしめる必要がある。
そうでなければ、信玄も容易には同盟を結ぼうとは思うまい。それでよいな、半次郎」
「はいっ」
感謝の念でいっぱいの半次郎は、深々と頭を下げた。
刀を抜き放ち天高く突き上げると、政虎は配下の者達に激を飛ばした。
「明朝の戦いは、この国に生きとし生ける物全ての安寧がかかった、大事な一戦となろう。各人、心して臨めっ!」
「おうっ!」
斯して戦国時代最大の激戦といわれる第四次川中島会戦は幕を開ける。
この戦いがどう決着し、今後の歴史にどう影響するのか、この時点で知る者は誰もいない。