「…さて、僕の勝ち…でいいかな?」
キアはニヤニヤ笑いながら、ナイフの切っ先をゼルの首筋に撫で付ける。
地獄の蜘蛛の糸のように、赤い筋がゼルに無数に走る。
「…貴様の素性が先だ」
ゼルは口元を引き絞り笑い返す。
「…強情だなあ」
蒼いナイフが、音もなくゼルの二の腕に沈む。
血が、蒼いナイフに馴染んで紫色に光る。
「もう意地の張り合いはよそうよ。…殺しちゃうよ?」
「貴様もな」
「…僕のどこが?今ピンチなのは君だよー?」
「どうかな」
もう片方の二の腕にナイフが刺さろうという時、
ゼルは何事か呟く。
人には理解できない言語のものを。
それは、肉を破る僅かな音にすら掻き消されていた。
「…次は足かな」
キアが、ナイフを肉から抜き放つ、その時。
滅亡を、死滅を感じさせる空気。
背後にただならぬ気配を
察知して、キアは思わず振り向いた。
そこには、ゼルが手放しているはずの死の大鎌が、ひとりでに動き、キアの背後に忍び寄っていたのだ。
キアがぼやいた。
「…あちゃあ…」
キアの、ナイフを持っていた腕が宙を舞う。
続いて、キラキラと飛散する血飛沫。
そのまま、大鎌は宙を踊り狂い、キアは断たれた腕を掴み跳び下がる。
踊り続ける大鎌は、まるで意志があるかのように、ゼルを束縛する鎖だけを見事に切断する。
両の二の腕から血を流す主の手元に、かしづくようにおとなしく、大鎌は収まった。
「形勢逆転というのは、こういう事じゃないのか…?」
ゼルは、キアに向けて皮肉めいて笑いかけた。
それでも、キアの目は細いままだ。もしかして元からそんな細さなのだろうか。
「…分かった、分かったよ。僕の負けだ。」
そう言ってはいるが、キアはまだまだ余裕のようだ。冷静に腕の切り口同士をくっつけている。
「…ちょっと休ませてくれないか。血が足りないみたいだ」
「…いいだろう」
お互い血を流しながらも二人はその場に座り込む。
キアは、唐突に切り出した。
「…僕も、パシリなんだよ。……神様のね」