「…何…?」
「だから、僕も神のパシリなの。君と同じなんだよ」
キアはそう言ってから、何事か呟いた。
人間にはわからない言語のものだ。
すると、キアの切断された傷口が、ゆるやかにではあるが接着されていく。
ゼルが大鎌を操作した時と同じ光景だ。
「…ほぅ」
「…僕は、月の女神のパシリさ。
月は夜や闇を冷たく照らし、人の闇を含めて照らす事で、暗闇に潜む邪神を縛りつける。
それが月と、月の女神の役割さ。
封じられた悪神には、厄介な存在かもね。」
座り込んだまま、キアは指を鳴らして先程の女従者を呼び寄せ、シャンパンを持って来させる。
「君もどうぞ」
「…いただこう」
二人は座ったまま、冷えた弾ける液体を流し込む。
「…君は、その大鎌だから、さしずめ死の神のパシリかな?」
「…あぁ」
「なるほどね。
月の女神は悪神、邪神を縛る存在。
でも、死の神は違う。
死と月は密接な関係にあり、月は死の理解者でもある。
うちの主は神々の中では変わり者だし、どうやら死に関して違う価値観があるみたいだし。
…君が死の神のパシリでよかったよ」
そう笑うキアの顔は、もう冷たいものではなかった。
邪な者には凍てつくような月光が、
夜を愛し尊ぶ者には温かく荘厳な月光がさすように。
「僕は、元々あんまり命令に忠実に従う方じゃないんだ。主も結構放任主義だしね。
で、人間世界ってさ、
野蛮で、
薄汚くて、
欲まみれで、
臭くて…
でも、楽しいじゃない?
だから、月の女神のパシリをしながら、人間の世界を楽しんでる、って訳だよ。
最近自分でもやり過ぎな気がするけどね」
「月の女神は仕事が少ないからな、呑気なものだ。
こちらは多忙を極めている。
人間が死を軽んじ、冒涜するのが今の人の世界では美徳とされているからな」
「辛口だね…でも、まぁ事実だろうね。
うちの主には、人間が歪めつつある天秤を釣り合わせる手助けを、もっと間接的かつスマートにやれ、とは言われてるよ」
「我が主には我が主のやり方がある」
「ごもっともだよ」
酔狂な理解者に、ゼルは鼻をふん、と鳴らした。