「月は縛るよ、悪神、邪神は。けど、他には何も縛らない。生も、死も。僕らはあくまで脇役さ。…歪めたのは、人間の歪んだ信仰と、明るい他の神様達さ」
「同意だ。我が主の価値を歪めているのは、今や生そのものになりつつある。
天秤は、釣り合っているのが本来なのだ。
だから、俺は働いている。」
「疫病や、戦争を煽ったり…かい?」
「それも手段の一つだ」
「…じゃあ、今回の死に様なき死体達はどういう事なんだい?」
核心に迫るキアに、ゼルは赤い瞳を光らせた。
「…わからん、今はな。主ですら、把握しきれていない。だからこの、薄汚い街へ来た」
グラスを置き、ゼルは壁に背を預け煙草に火をつけた。
同じパシリである事、その主が月である事は、ゼルの信頼を得るのに充分な材料だった。
「分かっているのは、魂が冥土に来ない死体を、この街が生み出しているという事だ。
当然、それは死への冒涜に他ならん。
それだけではない。生と死の因果、輪廻すらも覆す行為だ。
死の神の御名において、裁かねばならない」
「…なるほど。すっきりする、筋の通った内容だ」
大仰に讃えるキアに、ゼルは煙草の煙を吹いた。
「…厭味な奴だ」
「いやいや、羨ましいというか、尊敬するよ。余りの忠実さに、ね」
キアはそう言いながらも、表情を引き締める。
「死という定義を揺るがす事は月の存在をも歪めかねない。
それに…言った通りそろそろ退屈してたんだ。
僕も一枚噛ませてもらおうかな」
「…助かる」
「まぁこの街じゃ僕の方が有利だからね、色々。…さて、作戦会議といこうか」
キアは体を起こした。腕は、もうほとんど接着、復元を完了しているようだ。
キアは女従者に指示を出す。
すると、ゼルに立派な椅子が一脚用意され、冷たい床に、大きな地図が広げられる。
キアの傍らに一人、肩口辺りまでの髪の方が立つ。手には、打鞭が握られている。
ゼルの傍らにも一人、ショートカットの方が立ち、同じく手に打鞭。
「…さて、まず…死に様なき死体どもを作り出している奴だが…呼び方はどうしようか?」
余り緊張感のない議題が提示された。