汚い怒鳴り声は耳に悪いとでも言う様に伊織が両手で耳を塞ぐ傍ら、ドアを開けた本人が伊織に声をかけた。
「イオリン!うわーごめんねなんか、修羅場見せちゃって」
「…ん?ああ、中村かお前」
「うん。お久しぶり〜」
ヘラッと気の抜けた顔で中村は答えたが、伊織が聞き取りづらそうに曖昧な返事をしたので伊織を教室とは少し離れた廊下に連れ出した。
中村が部屋で彼女を見た時は怒っているように見えたが気のせいだろう、と思った。しかし改めて見ると明らかに不機嫌顔で、それは気のせいではなかったと悟る。
「で、どうしてそんな恐い顔してるの?」
「バカ矢に騙された」
「バカ…何を騙されたの?」
こんなあだ名、付けられるのやだなぁと思いながら中村はこれ以上彼女の機嫌を損なわないようにと慎重に聞く。
伊織はその綺麗な顔に似合わず悔しそうに拳を握りしめた。
「執事喫茶だと言っていたのにメイド喫茶などと汚らわしい…おのれ!」
それも似たようなものだろう。
いや、ここはツッコむべきでない。そっとしておこう。
「じゃあもしかして高倉に文句言いに?」
「そのとーり!」
「ちょっと待っててね。呼んでくる」
くるりとUターンして中村は先程の怒鳴り声の中へと戻って行った。
中村が教室に入ると、まだあーだこーだと言い争い…というか高倉の一方的な怒りは続行中だった。
自分が将来婿になれなかったら(お嫁に行けなーい!の逆バージョン)どうしてくれる、だの、男としてのプライドを傷付けられた慰謝料払え、だの、どうにも小学生のようなことを言っている。