それを目の当たりにした八雲は直感した。今を逃せば、この人は野球への道を永遠に閉ざしてしまうだろうと。
そう思った刹那、八雲は形振り構わずに叫んでいた。
「繰り返させるもんかっ、大澤さんが敬遠されるなら、オレがその後で打って相手に後悔させてやるさ。だから、過去に縛られてちゃ駄目だっ!」
八雲のまっすぐな想いに、大澤は立ちくらむほどの衝撃を受けていた。
その言葉は、かつて仲間の奮起を信じ、孤独な闘いを続けていた大澤が、望んでも得られなかったものだった。
「何故そこまで俺にこだわる、二年以上のブランクがある俺では、たいした戦力にはならない筈だ」
あの日以来、一度もバットを握っていない彼は、謙遜なしにそう思っていた。
そして、それに答える八雲は、瞳の奥に悲しみの色を湛えていた。
「一人知ってるんです。意地張って野球から目を逸らし、間違いに気付いた時には大切なものを失っていて、死ぬほど後悔していたやつを。
大澤さんには、そんな後悔をしてほしくなかっただけです」
切々と語る八雲の言葉は、その想いと共に大澤の心に届いていた。
そして彼は思う。この男には、答えをはぐらかしてはいけないと。
「……放課後、野球部のグランドで待ってろ」
大澤がボソリ呟くと、曇り模様だった八雲の表情が一気に晴れた。
「一緒にやってくれるんスかっ?」
表情のコロコロ変わる八雲に、大澤は溜め息混じり答えた。
「勘違いするな、一度だけチャンスをやるだけだ」
「チャンス……ですか???」
大澤のいう意味が解らず、八雲は首を傾げていた。
「一打席だけ、お前達と勝負してやる。それでもし、ブランクのある俺に打たれるようなら、そんなチームに興味はないし、入ったところで同じ事の繰り返しだ。その時は、きっぱりと俺の事を諦めろ」
「じゃぁ、オレ達が勝てば、野球やってくれるんスね?」
それに小さく頷いた大澤は、時計に視線を移すと小走りで去っていった。
大澤の後ろ姿を見送る八雲は、喜びを顕にして跳び上がっていた。
放課後の勝負には絶対に勝とう、そして大澤と一緒に野球をやるんだと強く願い、八雲は空を見上げて拳を握りしめていた。
その八雲に、鳴り響くチャイムが授業の始まりを告げていた。
「あっ」