政虎の傍らで戦況を見つめる半次郎は、苦悶の表情を浮かべていた。
味方の損害はさほど出ていなかったが、武田側には多くの死傷者が出始めていた。
戦とは勝敗に関わらず、多くの人命が失われるである。
そして半次郎は思う。戦う理由に正義はあっても、戦自体に正義は存在しないのだと。
「政虎様、この乱戦の中なら、敵の陣中へ容易に侵入できましょう。
今から私が信玄のもとにいって、同盟の件を認めさせてまいります」
それが最も早くこの合戦を終わらせる方法だと、半次郎は考えた。
「駄目だ、危険過ぎる」
一刀両断に却下した政虎は、半次郎の戦場における経験不足を心配していた。
たが、彼は簡単には引き下がらない。こうしている間にも、死者の数は増えているのである。
「私はこの三年、遊んでいた訳ではありません。戦場を駆け抜ける術は、身につけたつもりです」
「ならば、その術を見せてみろ」
そういって刀を抜く政虎。
彼は心情として、生半可な術では行かせたくなかった。自分に意見し、納得させるだけの才気ある若者を、万が一にも失う訳にはいかないのだ。
一方の半次郎は政虎に刃を向けることに躊躇いがあったが、意を決して抜刀した。
政虎と対峙する半次郎は、静かに気を練り始めていた。
だが、気が発動するより先に、政虎の刀が彼に襲いかかる。
身を翻してかわした半次郎に、政虎は続けざまに三撃加えた。
これを刀で受け流した半次郎は、距離をとって身構える。
『駄目だ、気を練るだけの余裕がない。静の気は、発動するまでに時間がかかりすぎる』
今更ながらに静の気の使い手が少ない理由を、半次郎は痛感していた。
だが、政虎は正攻法で闘える相手ではない。
『ならばっ!』
自ら間合いを詰める半次郎。そこへ政虎の刀が再び襲いかかる。
防戦一方の半次郎だったが、政虎の斬撃を受け流しながら、心を落ち着かせて気を集中させていた。
ゆっくり練る余裕がないのなら、闘いながらそれをおこなえばいい。それが彼の出した答えだった。
一瞬、政虎の攻撃が止んだ。
すかさず体内にとどめていた気を放出させた半次郎は、政虎の刀に僅かな筋を感じた。
考えるよりも先に、刀を振り抜いた半次郎。それにより、政虎の刀は綺麗に切断されていた。