中庭で曲を聴かせることの他に、
塚本は彼女に絵本の読み聞かせを始めた。
読み聞かせる絵本の内容をよくよく注意してやらないと、
彼女は眼を見開きながら、
次の話の展開がどうなるのかと、
怯えながら、絵本と塚本の顔を代わる代わる見ては、
忘れた記憶の恐れだけを引き戻すかのようだった。
うさぎの事件以来、言葉をほとんど失ってしまった彼女が表わす感情表現は、
眉間のしわの寄り具合と、時々締め付けられるかのように胸元を抑える、その二つだけだった。
ほとんど一方的と言えるかもしれない、
読んで聞かせて、何も感想を聞くこともできない絵本の読み聞かせではあったが、
それでも塚本は、
彼女に感情を取り戻して欲しかった。
今まで辛い、痛い経験しかしてこなかったのかもしれない。
塚本の話す愛のあるストーリーに、彼女は
「そんなこともあるの?」
と時々驚いたように眼を丸くして聞いていた。